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気晴らし細論

2021年04月の記事

剣心の動きは人斬りというより忍びでサーカス 『るろうに剣心 最終章 The Final』


どうも、こんにちは。

前回からそのまま『るろ剣』続きです。待望の新作、観て参りました。



るろうに剣心 最終章 The Final(2021)

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かつて幕末の動乱において “人斬り抜刀斎” と恐れられた緋村剣心(佐藤健)が主人公のシリーズ4作目です。志々雄真実との死闘の末、神谷道場で平穏な日々を送っていた剣心でしたが、ある日、剣心に関わりのある人たちが何者かによって次々と襲撃されます。首謀者である上海の武器商人・雪代縁(新田真剣佑)は過去のある出来事から剣心に強烈な恨みを持ち、剣心への復讐を企てていました。


本日はちょこちょこネタバレありますので、まだ観てないよという方はどうぞご注意ください。緊急事態宣言発出地域は映画館も休業していますのでね。観たくても観れねんだよという方、心中お察しいたします。どうか長く上映されることを願います。もしくは劇場によっては再上映などあればいいなと思います。





わたくし、前回こう申し上げました。映画『るろ剣』シリーズはアクションを楽しむ作品なのだと。そして剣心が憑依した佐藤健を楽しむ作品なのだと。それは今回のThe Finalに関しても言えることです。つまりどういうことかというと、こういうこと。


剣心以外の戦闘シーンいらね。


シリーズで登場してきたキャラやアクションの見せ場を作るためとしか思えない後半の大乱闘オールスター感謝祭やめれる? 操や斎藤はまだいいとして、宗次郎が出てきた時には商業主義に敗北したなと思いました。蒼紫にいたってはほとんど戦ってなくて出オチ感すらあった。お前、必要あったか? ていうか操は土屋太鳳ちゃんが演じたことによって確実にシーン増えてんのよ。だって動けるもんな、太鳳ちゃん。わかるよ。使いたいよな。でもいらね。

前作から約5年開いて今回の最終章の撮影に入ったということで、良くも悪くもたくさんの人の目に触れて話題になった結果、第三者の余計な期待や願望に応えるような、応えざるをえないような制作になってしまった感じが切ない。なんだろうこの寂しさ、って考えてみたら、たぶんあれだわ。『ワイスピ』シリーズの変遷と似たケースだわ。人気が出たがゆえに資金も潤沢になって、アクションがどんどん派手に、ストーリーも現実離れしたものになっていくあれですわ。

そもそも原作における人誅編はかなりボリュームがあります。よって映画の尺に収めるためにいろいろ端折るのは仕方がない。でも余計なものを付け足すのはなしでしょ。原作にないものを付け足す、あるいは改変する場合は、ストーリーをわかりやすくするためとか、作品の完成度を上げるためだけにしてほしいのよ。鯨波さんとか八ツ目とか乙和瓢湖とか強烈なビジュアルしてんのに完全なる尺の都合によってその辺りにはまったく触れられず、ただやられて散っていくだけだから、正直無駄なシーンは省いて省いて宮崎駿並みに省くくらいでないと彼らが浮かばれないよね。剣心が巴を斬るシーンも3回くらいあったけど、普通に考えてくどい。どうせこれからThe Beginningで追憶編やるんだから1回にしておけよ。

そして最も省いてはいけないシーンが省かれてたのもいかん。薫の偽装死(縁が企てた)によって剣心が生きる目的を失って廃人になるくだり丸々カットはだめだろう。再び大事な人を失ったことと、誰も殺さずに自分の大事な人を守るという逆刃刀の意義さえも砕かれたことによるダブルショックで絶望した後、そこから這い上がるからこそ巴への悔恨と縁との因縁、その両方に決着がつくんだよ。それはボクシング映画さながらの感動、栄光とどん底とそこから這い上がるチャンプの図、もれなく感動するドラマチックな展開なのになんでカットしてんすか。



佐藤健以外はどうでもいいとか言っておきながら佐藤健以外の部分への愚痴を長々と綴ってしまいましたので、ここから佐藤健についてお話します。

まず正直に言うね。乙和瓢湖とのバトルシーンとか、暗すぎて動きがよくわかんないのよな。 つい先ほど佐藤健のYouTubeチャンネルに上がったアクション練習の動画見て、「あっこんな動きしてたんだ」ってやっとわかりました。人間じゃない動きしてて草。あんなにスタイリッシュな受け身、初めて見た。ダッシュからの壁に向かってスライディングからの前転して受け身、なんすかあれ。人斬りってか忍びやろ。あと佐藤健って走り方めちゃくちゃクセあるよね。

The Finalは一作目よりも確実にすごい動きしてるのはわかるんだけど、あんまり印象に残らなくてさ。期待値が上がりすぎたのがいけなかったのかな。ただ、クライマックスの剣心と縁のバトルシーンはBGMがなくって、アクションだけで魅せてやるという並々ならぬ狂気じみた気合いを感じた。佐藤健のアクションが一級品なのは言わずもがなとして、シリーズで過去に剣心と刃を交わしてきた相手役の中でもまっけんは一番若くて一番動ける役者だったはず。二人して壁走ったり空中舞ったりしている様はほとんどサーカス。

さて、前回記事で剣心の大人の余裕について語り散らかしましたが、The Finalでは佐藤健ご本人のまとう余裕みたいなものが剣心を通して現れているように見えました。なんだか若さが消えた。老けたというのとはちょっと違う。落ち着きがあるというのか、笑顔にも何か含みがあるというのか、心なしか髪の色も過去作より暗くて赤みが強くなった感じがします。最終章の二部作は確か同時並行で撮影してて、武井咲も「人斬り時代の剣心を演じてるからか、健さんがものすごいオーラを放ってて話しかけづらかった。ビビってました」と言ってたので、やっぱり最終章の剣心にはどうしても陰の感じがつきまとってるんだろうなと思います。

The Finalにおける私のイチオシ剣心は、徹夜で東京の街を駆け回り、乙和瓢湖を片付け、縁とのうれしくない再会を果たして神谷道場に帰ってきた後のシーン。弱ってる男の色気やばない? 心身ともに疲れ切って虚空を見つめる剣心に、佐藤健の色気の真髄を見た気がしました。



原作以上に縁がただのイカれたシスコンだったり、ストーリーに関しては正直The Beginningへの繋ぎとしか思えないほど残念だったので、The Beginningにすべてがかかっています。終わりよければすべてよし。緊急事態宣言でも何でもいいけど、The Beginningはどうにか公開してくれ。情報解禁からもう2年も待ってんだこっちは。

改めて観返したら剣心の大人の余裕がすごかった


どうも、こんにちは。

私がずっと楽しみに待っていた『るろうに剣心 最終章』二部作の公開がいよいよ迫っております。というわけでウォーミングアップとして過去三作を観返してみたので、本日はそのお話をば。

今更言うまでもないことですが、映画『るろうに剣心』シリーズは、漫画『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』を原作として作られた実写映画です。基本的に漫画のキャラクターというのはビジュアルも設定も個性が強すぎるので、それを映画にするとなれば尺の問題もあっていちいち丁寧に描いていられません。志々雄の十本刀が半分くらいは名前すら出てきてないのも仕方ないことでしょう。でも映画を観ただけでは宗次郎すらもわりと意味わかんないし、御庭番衆なんてかなり端折られてて蒼紫はただ抜刀斎を探して壮絶な親子喧嘩した人にしか見えないし、原作も履修済みの身としては首を傾げざるをえない。

だから映画『るろ剣』はアクションを観る作品として割り切るのが一番いい楽しみ方です。そして佐藤健のポニーテールと着物を楽しむ作品です。異論は認めません。要するに佐藤健さえ剣心に見えれば他は何でもいいのよ。そして佐藤健の剣心シンクロは非常にすばらしいのよ。神速と言われる剣心の身のこなしを見事に体現した身体能力もさることながら、人斬りとして幕末の動乱をくぐり抜けた男の余裕と悲哀を、一作目からきっちりと見せてくれています。そのすばらしさを一際感じたシーンをご紹介したいと思います。

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一作目の序盤にて、鵜堂刃衛(吉川晃司)に斬られかけた薫(武井咲)を剣心が助けた後のシーン。薫は剣術道場の師範代なので自分の身は自分で守れると思っていますが、刃衛は剣心と同様に幕末を生きた本物の人斬りです。つまり薫はめちゃめちゃ危険なところを剣心に救ってもらったということになります。というか薫は刃衛に腕を切られているのでマジで間一髪です。そして一作目の時点で剣心は28歳、薫は確か16、7歳なので10歳以上の歳の差があります。それを踏まえての次の会話。

薫「お礼は言うけど、別に助けてもらわなくたって平気だったから」

剣心「(微笑む)早く手当をしたほうがいいでござるよ」

え、もうすでに剣心の余裕やばない?

剣心が助けなければ確実に死んでいた薫のあからさまな強がりも笑って受け流しています。嫁入り前の若い女が刀傷を負ったという事実にも慌てることなく、手当をしてあげようと甲斐甲斐しく世話を焼くこともない。だって、生きるか死ぬかの瀬戸際で戦ってきた人斬りなんだもん。浅い切り傷ごときでガタガタ言うわけがないんだわ。

その後、二人は神谷道場にて薫の父が開いた神谷活心流について話します。刃衛が神谷活心流を騙って辻斬りをするせいで神谷道場には人が寄り付かなくなってしまい、薫は怒り心頭に発しています。

薫「元々小さな流派なんだけど、それでも死んだ父を慕ってたくさんの人がここで稽古をしていたの。だけど半年前、抜刀斎騒動が始まって、今ではご覧の通り。一刻も早く奴の凶行を止めないと」

剣心「よしたほうがいいでござるよ。あの男は薫殿よりも遥かに強い。自他の力量を素直に認めるのも剣客の大事な資質。次にやり合えばどうなるかくらい自ずとわかろう。流儀の威信なんて、命をかけて守るほど重いものではござらんよ」

薫「剣は人を殺すための道具にあらず。人を活かす剣を理想とする神谷活心流が殺人剣に汚されるとは。たかがるろうに風情に、この悔しさはわからないわよ!」

なあみんな、剣心のすごさ、わかる?

かつて幕臣たちに恐れられた伝説の人斬りが、町の小さな道場の師範代でしかない一回りも歳下の小娘をひとりの剣客として認めつつ、しかし犯人成敗に逸れば痛い目を見るからやめておけとたしなめてるわけです。「剣は人を殺すための道具にあらず」なんて、本物の戦場を見たこともないであろうお嬢様が何をぬるいことを言っているんだと笑ってしまいそうなところですが、これも決して馬鹿にしない。話し方も終始穏やかでやさしい。

剣心「ま、どのみちその傷じゃ夜回りは無理でござるな。亡き父上殿も、娘の命を代償にしてまで流儀を守ることを望んだりはしないでござろう」

なんたる大人の余裕。

最後に小声でさらっと「失敬」と言って道場を後にするのですが、その一言に「君が流儀を守りたい気持ちもわかるけど死んだら元も子もないよ。命のほうが大事だよ。それだけわかってほしい。るろうにがいろいろ口出しして悪かった。ではこれにて失礼」っていうのがぎゅっと詰まっているように思える。薫のことを尊重しながら説教くさくならずにアドバイスし、暴言を吐かれても怒らない。雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、欲はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている精神的成熟を感じる。だって28歳なんだもの。

シリーズの締めくくりとなる6/4公開予定の『るろうに剣心 最終章 The Beginning』は剣心の人斬り時代に遡って語られる物語なわけですが、上記の一連のやりとりがその人斬り時代から約10年を経ていろいろ考えてきた剣心から出た言葉や態度だと思うと、一層感じ入るものがある。一作目を制作した時にはシリーズ化も不透明だったろうに、結果的にうまいことまとめたよね。すごい。そして一作目の時点で剣心が経験してきた人生のその深みを表現していた佐藤健、改めてすごい。来週末(4/30)に金曜ロードショーで一作目が放送されるみたいなので、みんな、ぜひこの道場のシーンに注目して観てくれよな。



さて、一作目の撮影開始からこの10年間でたくさんのアクション経験やノウハウを蓄えてきた佐藤健が、最後の最後で満を持して演じる人斬り抜刀斎(すみません。The Beginningの撮影時はまだシリーズ開始から7、8年くらいしか経ってないですね)。どんなものかと期待していた中、予告映像も解禁されちゃって、もうドキドキが止まんないよね。だってそもそも私は剣心の抜刀斎時代のビジュアルが一番好きなんだもん。高い位置でポニーテールしてるから。 先日「教えてもらう前と後」で流れた本編映像にてお披露目された抜刀術がまさに目にも止まらぬ速さだったもんで鳥肌が立ってしまいました。しかしできればこれは劇場の大スクリーンでお初にお目にかかり、「見えない」衝撃を劇場で体感したかった気もする。すでに何度も見返してしまっている。

とんかつもフロアもアゲられる男は違いのわかる男 『とんかつDJアゲ太郎』


どうも、こんにちは。

劇場で見逃して、この度DVDでやっと観れました。



とんかつDJアゲ太郎(2020)

とんかつ

渋谷に店を構えるとんかつ屋「しぶかつ」の三代目であるアゲ太郎(北村匠海)は、とんかつ弁当の配達でクラブというものに初めて足を踏み入れます。音楽に合わせて盛り上がるフロアにそれまで味わったことのない高揚感を覚えたアゲ太郎はDJになることを決意。友人や家族を巻き込み、とんかつもフロアもアゲられる男を目指します。



コロナによる公開延期と、約四ヶ月伸びた公開日を待つ間にメインキャストが次々とスキャンダルを起こすというかつてない不運に見舞われた本作。あるサイトで「2逮捕1不倫」と銘打たれていて、大変申し訳ないのですが笑ってしまいました。そんな「ツーアウトスリーボール」みたいに言うなよ。確かに追い込まれてますけれども。

というわけで図らずもいわくつき作品となってしまい、公開自体が危ぶまれましたが、個人的には無事に世間に放たれてよかったと思います。中身がないとか薄っぺらいとかこれならお蔵入りでもよかったとかボロクソ言われてますし実際に中身はないんですけれども、私は結構好きなやつでした。くだらなさと脱力感が絶妙。

この『とんかつDJアゲ太郎』は原作がギャグ漫画ということで、随所にそのギャグセンスが効いています。予告映像にもあるように「親父! 俺、とんかつもフロアもアゲられる男になる」と同じテンションで二回繰り返したり、意中の女の子に「揚げた豚、お好きですか?」とか尋ねてみたり、すっとこどっこいなセリフとコントのような間の取り方がアホ極まっている。こういうのはギャグ漫画ならではよね。だって揚太郎って名前がもうおもしろいじゃん。しかもふざけた名前だと思いきや、お父さんは揚作、おじいちゃんは揚松という由緒正しいお名前なのです。まさかの揚げサラブレッド。原作が読みたくなってきた。

そしてやっぱりなんと言っても作品の功労者は主人公アゲ太郎役の北村匠海くんですよ。コメディ演技って、大げさにやりすぎると見ててうざったい。恥ずかしさが出てるとおもしろくない。加減がたぶんすごく難しいんだけど、そのへんピカイチでした。ギョロ目なのにどこか気の抜けた表情。最高。君はこういうのもできるんだな。あとクラブで踊り出すシーンもあってダンスまでご披露している。北村くんの器用さにはひれ伏すばかり。

というか北村くん自身が俳優とバンドマンという二足のわらじを履いて両方で活躍していて、しかも芸能人格付けチェックでは全問正解を叩き出す「違いのわかる男」なわけじゃないですか。そんな彼がこのアゲ太郎を演じることによって、とんかつ屋の息子が突然DJになると言い出して特訓を始めるという狂気の沙汰にも、あれ? もしかしてこいつならできるのかも? という妙な説得力が生まれるわけよ。すばらしい。

北村くんは公開記念の舞台挨拶で声を詰まらせる場面もあったようですが、そりゃあこれだけの演技をぶちかました主演映画が共演者たちの暴走でお蔵入りの危機も経て公開ともなれば感極まりもするでしょう。中身がない映画で結構。コロナのせいでみんな多かれ少なかれストレス溜まって疲弊している。しかもこんな生活がいつまで続くかわからない。だから今こそこういうくだらない作品が必要だと思うのよ。笑うのは大事だからね。笑うだけでストレスは軽減するからね。

最後に。アゲ太郎は幼馴染たちに「アゲ」と呼ばれています。それがとてもかわいい。「アゲ」ってあだ名かわいい。あとアゲ太郎の妹は「ころも」という名前です。とんかつ屋の娘でころもってさすがギャグ漫画って感じのネーミングだなと思ったのですが、「ころも」って呼ばれてるのを聞くと、これまたとてもかわいい。不思議。