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気晴らし細論

2021年02月の記事

ひたすら罵り合うタイプの殺陣 『マルコム&マリー』


どうも、こんにちは。

本日はNetflix作品のこちら。



マルコム&マリー(2021)

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映画監督のマルコム(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は自分の作品のプレミア上映を終え、恋人のマリー(ゼンデイヤ)とともに真夜中に帰宅します。作品が好評を博したことに興奮冷めやらぬマルコムに対し、イベントに同席した恋人のマリーは憮然とした様子。やがて丁々発止の喧嘩に発展します。



登場人物はタイトルの通りマルコムとマリーのたった二人。コロナ禍で撮影された作品ということで、以前ご紹介したこちらの作品→ リモート撮影のお手本みたいな映画 『コーヒー&シガレッツ』 のような作りです。モノクロだし会話劇だし。まるで予言したかのようなドンピシャ具合。

簡単に言えばカップルが約100分間ひたすら口喧嘩してるだけのこの映画。私も最初こそおいおいこんな感じでずっとやっていくのか勘弁してくれと思いましたが、観てるうちに引き込まれてしまった。だって、ただの会話劇じゃないんで。口喧嘩というかもはや罵り合い。怪獣大戦争。今をときめくジョン・デヴィッド・ワシントンとゼンデイヤが長ゼリフ長回しをものともせず、それはもうバチバチの演技対決をしてるわけ。おもしろいに決まってるだろう。ある意味これは新時代の殺陣。あ、今傷ついたなとか、イライラしてんなとか、手に取るようにわかるのはやっぱり二人の演技力の賜物。

喧嘩の発端は、イベントにてマルコムのスピーチの中にマリーへの感謝の言葉がなかったことでした。欧米人はみんなパートナーに必ず感謝述べるよね。アイラブユーって言わないと死ぬんかってくらい絶対言うよね。それを忘れられたら確かにカチンと来るのかもしれない。知らんけど。まあ日本にはない文化なんでね。あってもいいのに。

さて、前半は特に売り言葉に買い言葉の応酬で、たびたびクールダウンの時間を挟んでは飽きもせずまた罵倒しに行くそのスタミナに脱帽する。怒るのって体力使うし、それが一方的なものでなく言い合いの喧嘩であれば余計に消耗しますからね。マルコムとマリーはお互いの性格や考え方をよく理解しているので、相手が何を言われたら嫌かもわかる。お互いの欠点をこれでもかというほど抉って、言われたくないだろうことをあえて言って傷つけて、ほとんど殺し合いみたいになってんだよね。

バスルームのシーンなんて二人とも泣いている。大の大人が泣くほど喧嘩することなんてなかなかなくないか。そしてこのバスルームでの応酬を経て二人のバトルはひと区切りつき仲直りしたかに見えたのですが、メンヘラの気があるマリーはマルコムが少し目を離した隙に再び臨戦態勢を整え、明らかにうんざりしているマルコムになおも喧嘩を売り続ける構図となっております。こんな風に言うとマリーが悪いみたいですが、正直どっちもどっちっす。

マルコムとマリーのバトルを見ていてふと思い出したことがあります。『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)の中で、ジョー(シアーシャ・ローナン)がローリー(ティモシー・シャラメ)からのプロポーズを断るシーンですごく印象的だったセリフがありまして、私たちが一緒にいると殺し合いになる、的なこと(正確じゃないけどニュアンスを拾ってくれ)を言ってたんですよね。ジョーとローリーは馬も合うし、仲良しだし、風潮やしきたりに抗う生き方をするジョーのこともローリーは理解していて、結婚するにはこれ以上ない相手のはずなのになんで? とちょっと引っかかっておりました。それがこの『マルコム&マリー』で腑に落ちました。

医者は人の殺し方を知ってるなんて言ったりしますが、要するに急所を知ってれば生かすことも殺すこともできるというか、つまり人間関係においても相手のことをよく知ってるということは、守って癒してあげることができる一方でズタズタにすることもできるんだよな。たぶん。だからきっと本当に仲のいいカップルや夫婦は、まったく喧嘩にならないか、マルコムとマリーのようにひたすら罵倒し合うか、どちらかでしょうな。言いたいことが言い合えるのは良い関係だと思うけど、あまりにも激しすぎると疲弊してしまう気がする。あのラストからは、マルコムとマリーがずっと一緒にいる未来は想像できなかった。たぶん別れるぞ。マリーがやたらと「あなたを叱れるのは私だけ」「私を書けるのはあなただけ」と唱えてるのは呪いみたいだったし。

チャッカマンで煙草に火をつけるゼンデイヤ、タンクトップに下着姿で部屋をうろつくゼンデイヤ、ジャンキー演技が度肝抜くほどうまいゼンデイヤ、そして喧嘩中の身振り手振りから全部クールでかっこよかったです。ただ、序盤でマルコムから仕掛けられるイチャイチャを躱し続けるゼンデイヤは薄目で口を横に引き結び、ひたすら不機嫌顔ですごくカエルっぽいなと思いました。

カエル

とてもチャーミングでした。なんか気にくわないことがあった時に真似しようかなと思ったけど相手の怒りをさらに買うだけになりそうなのでやめておきます。

カーチェイス中にミラーを見る演技選手権なら優勝できる 『スクランブル』


どうも、こんにちは。

本日はイケメンについての毎度おなじみ邪心たっぷりの浅い話をします。



スクランブル(2017)

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高級車専門の強盗であるフォスター兄弟は、フランス・マルセイユにて37年型ブガッティを盗むことに成功します。しかしそれは地元マフィアのモリエールが所有する車だったため、二人は捕らえられてしまいます。絶体絶命の彼らが助かる条件は敵対するマフィアが所有する62年型フェラーリ250GTOを盗み、モリエールのコレクションに加えることでした。



さして評価は高くもない、そして2017年公開ということで旬も過ぎたこの作品を今更ながら観ようと思ったのはなぜか。フレディ・ソープを見たかった。ただその一心。

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というのも、先日Netflixドラマ『ウィンクス・サーガ』を観てイケメンクズ男役のフレディ・ソープがなんかよくわからないけどめちゃめちゃツボにはまってしまい、初見の俳優だったので出演作を探してこの『スクランブル』にたどり着いたわけです。本作の主人公であるフォスター兄弟は、兄役がスコット・イーストウッド、弟役がフレディ・ソープという顔面レベル最高峰の組み合わせ。一般的な知名度からするとスコット・イーストウッドのほうが注目されるのも黄色い声援を浴びるのも間違いない。実際、いつかの私はスコット・イーストウッドが男前すぎると騒いだこともあったが、この作品では正直言ってフレディ・ソープしか見てなかった。

だってもうとにかくフレディ・ソープがイケててな。

車車車の映画なので運転シーンも盛りだくさんなのですが、フレディ・ソープが運転中にルームミラーやサイドミラーをちらちら見る演技がとても自然でしぬほどかっこいい。彼以外の他のキャストはミラー類をほぼ見てなくて、ガンギマリの目で前方を一心不乱に見つめてるか、あるいは完全に後ろを振り返るかしてるんですけど、カーチェイスの最中に前方から目を離して後ろ振り返るのはアウトじゃない? もしかしてクラシックカーにはルームミラーないとかそういうことなの? (追記:単純にフォスター兄弟が誰かに追われてる場面が多いからミラー見てる回数も多いようです。あとスコット・イーストウッドは "ミラー見てます感" がちょっと大げさだった)

自分が運転しない人間なので、彼がやりすぎなのか他のキャストがやらなすぎなのか正直まったく見当がつきませんが、でも運転中にミラー見るのって普通だよね? 飛行場のシーンで、ギャレットが少し顎上げてルームミラーを見ながらギア入れるところは特にしびれた。運転シーンをスタントなしで本人がやってるならフレディ・ソープは絶対に運転うまい。あれで免許持ってませんとか言い出したら私はもう何を信じればいいのかわかりません。

また運転中だけでなく助手席からミラー越しに後部座席の人をさりげなく見てるシーンとかもあって、もう、なんていうか、普段から車に乗ってる感がものすごく出てる。演出というか演技指導がどれくらい入ってるのかわかんないけど、私は助手席に乗っててもミラーで後部座席を確認したことなんて一度もないもんね。とにかく運転のうまい雰囲気がバチバチに出てたから実際に運転がうまいならカーアクション系の作品にたくさん出てほしいし、運転できないのにあれだけの演技ができるのならそれはそれでカーアクションのみならず幅広いジャンルの作品に出てほしいです。

ていうかそもそもね、出演作品が少なすぎるんだわ。映画はこの『スクランブル』だけ、ドラマは『ウィンクス・サーガ』だけってさすがに狂ってない? ウィンクスシリーズは続編の製作があるっぽいものの、このコロナ禍では撮影がスムーズに進むとは思えません。次にフレディ・ソープの姿を見れるのは何年後? 待ってる間に禁断症状が出そうです。



さて、ストーリーや設定に関しては可もなく不可もなくみたいな評価が多いようですが私はおもしろいと思いましたし、全体の流れとか車内カットがめちゃくちゃ多いところとかワイスピ2に似てんなと思ったらやっぱり脚本がワイスピ2のクルーでした。以前どこかで申し上げた気がしますが、私は『ワイルド・スピード』シリーズの中では1と2が好きなので。そういった点でとても好みの映画でした。また、主人公であり相棒の二人が仲良し異母兄弟っていう設定にもひと工夫あります。

兄がアメリカ訛りなのに対して弟がイギリス訛り。

キタ。これは言語学オタクとして黙っておれん。劇中では全然触れられてないんですけれども、二人の訛りが違うってことは育った国が別ってことでしょ。アメリカ英語とブリティッシュ英語はアクセントが異なるだけでなく、単語も違ったりして話が通じないことがあるとかよく聞くじゃないですか。でもこの兄弟は「15年離れてたけど50年仲良く暮らせ」というオヤジの言葉を律儀にまっとうしようとしていたり、ろくでなしだったけど最後に俺たちを引き合わせてくれた最高のオヤジまじリスペクト卍って感じですので、おそらくすでに何年か一緒に暮らしていて、会話における細かいすり合わせは済んでいるのでしょう。そのバックグラウンドを考えるだけでも飯食える。

では次に兄弟の性格について。兄のアンドリューはいつも渋い顔してる硬派なアメリカンガイで、弟のギャレットはマフィア相手にも軽口上等イケイケドンドンのブリティッシュガイ。アメリカ男は調子のいいパリピ、イギリス男はガチガチの堅物、というステレオタイプの真逆を行く設定がたまらんくない? しかもギャレットはパッパラパーのヘタレかと思いきや意外と冷静で度胸があったり、逆に兄貴のほうが保守的で恋人を人質に取られた時にはかなりの動揺っぷりを見せたり、非常におもしろみのある兄弟です。

二人とも甘みのある顔立ちでどことなく似てるので異母兄弟という設定が妙にしっくりくるんだけど、甘み以外の成分構成がちょっと違うのよな。スコット・イーストウッドが甘みとスパイスの同居するホットワインなら、フレディ・ソープは甘みとさわやかさのあるモヒートと言ったところか。何言ってるかよくわからないでしょうが、自分でも何言ってるかよくわかんない。例えがちょっとへたくそでした。忘れてください。

さて、人前で平気でキスをかますのは欧米人あるあるで海外ドラマや洋画でもよく見る風景ですが、本作でもそんなシーンが随所に盛り込まれています。フォスター兄弟に関しては仲の良さゆえでもあるのか、彼らの中では日常としてスルーされているが、観ているこちら側としては、およ? となる場面が散見されました。例えば、自分の恋人の弟にキスするヒロインとか(もちろん冗談、軽いノリではある)、帰宅するやいなや盛り上がっている様子で服を脱ぎ、おっぱじめようとする弟とその遊び相手をやれやれという風に眺めながらシリアル?食ってる兄とか、命懸けの大仕事中に目の前で熱いキスをする兄とその恋人に「急げよ」の一言で済ます弟とか、イマイチ掴めない欧米人の貞操観念。

あとはマフィアに鬼の形相で追われている最中にわざわざ車を停めてプロポーズし始めるところとかもあったな。そんな男とは結婚しないほうがいいんじゃないの、と思ったけどみんなゴリゴリに強盗しまくってる重犯罪者だからどうでもいいや。好きにしてくれ。でも価値観が一番乖離してると感じたのはやっぱり弟が女と盛り上がって服を脱ぎ捨てながら部屋に入っていくのを黙って見てる兄も、兄と暮らすアパートの共同スペースで女の服脱がせる弟も、なぜそんなに平然としてられる? ってところ。なあみんな、兄弟姉妹の盛り上がってる姿、見んの耐えられる? おれはむり。



フレディ・ソープにハマっていろいろ検索したり、こうやって記事を書いてみたりしたけど、なんかどうにもしっくりこないんですよね。フレディって感じじゃないんだよな。アダムとかアーロンとかアレックスとかAで始まる系か、ジェイク、ジェイミー、ジャスパー、ジェローム、Jで始まる系の名前のイメージが合う気がする。人様の名前にケチつけるとか罰当たりで申し訳ないんですが、どなたかわかる方いらっしゃいません? Netflixに加入している方はぜひ『スクランブル』と『ウィンクス・サーガ』を観てください。よろしくお願いします。