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気晴らし細論

2020年10月の記事

アメリカ人の大好きなホイットマンとはいかに


どうも、こんにちは。

突然ですが、アメリカの映画によく出てくる詩人がいます。
その名はウォルト・ホイットマン。私の知る限りでも、『タクシードライバー』(1976)、『きみに読む物語』(2004)、『キル・ユア・ダーリン』(2013)に登場しました。そして前回記事で取り上げた『TENET』(2020)にも冒頭からブースト全開で登場。特殊部隊の「黄昏に生きる」「宵に友なし」という合言葉はホイットマンの詩から引用したものだとか。ホイットマンは押韻や韻律にとらわれない近代自由詩の創始者として知られ、アメリカでは大変有名で広く愛されている詩人だそうです。

私は以前からホイットマンって本当によく出てくるな、一体どんなやつよ、と思っていたわけですが、『TENET』にまで登場したらもうスルーはできまい。ということで、少々調べてみました。

ウィキペディア先生によりますと、

ウォルター・ホイットマン (Walter Whitman, 1819年5月31日 – 1892年3月26日) はアメリカ合衆国の詩人、随筆家、ジャーナリスト、ヒューマニスト。超越主義から写実主義への過渡期を代表する人物の一人で、作品には両方の様相が取り込まれている。アメリカ文学において最も影響力の大きい作家の一人でもあり、しばしば「自由詩の父」と呼ばれる。

とのことです。

ちなみに本名はウォルターだけど、欧米あるあるでお父さんの名前もウォルターなので家族間では「ウォルト」と呼ばれていたそう。その影響か、一般的に「ウォルト・ホイットマン」と表記されることが多いようです。

さて、ホイットマンには「自由詩の父」の他にも「アメリカ最初の民主主義詩人」という異名があります。私はアメリカ文学の知識がないのであくまでも想像ですが、1776年にアメリカの独立宣言があって、ホイットマンが1819年生まれということを考えると、アメリカという国ができてからアメリカの言葉でアメリカの精神を書いた最初期の詩人だから重要視されているということでしょう。

映画評論家の町山智浩さんによると、ホイットマンの詩は主に「俺は偉い! 俺はモテる! 俺は最高だ!」みたいな内容らしいので、なるほどアメリカ人が愛するわけだ(偏見の塊)。しかし「俺は最高だ!」という超アメリカ的なメッセージの一方で、どうやら反戦や平和主義といったこととも関連がありそうです。ホイットマンは南北戦争時代に陸軍病院で働いた経験もあったようですが、反戦を主張していたというような記述は私のしょぼいリサーチの限りでは見つかりませんでした。ただ、ホイットマン自身の存在や彼の著作が、その後ビートニクなどの反戦派の詩人たちに影響を与えていることを考えると、戦争反対!とは言わないまでも、戦争するよりうまい飯食おうぜ、くらいのことは言ってたんじゃないかなって思うんですけど、どう?

現に、先ほどご紹介したホイットマンの詩が登場する映画は、戦争映画ではないので戦場の描写はないものの、どれも戦時中の話です。『タクシードライバー』はベトナム戦争時代、『きみに読む物語』と『キル・ユア・ダーリン』は第二次世界大戦時代、そして『TENET』には第三次世界大戦を防がなければ、みたいなセリフがありました。なんだか、ホイットマンは自由主義のメタファー、反戦への遠まわしのメッセージとして使われているような気がしてくるわけです。

と、ここまで調べていてふと疑問に思ったことがあります。

ホイットマンはアメリカ人が大好きな詩人。しかし『TENET』の監督であるクリストファー・ノーランはアメリカとイギリスのハーフで、育ちはイギリス。子供の頃からアメリカにもよく訪れていたようではありますが、果たしてノーランはアメリカの自由主義精神を持っているのか? だって「俺は最高だ!」みたいな詩は、イギリス人は嫌いそうじゃない? ノーランは大学ではイギリス文学を専攻してたわけだし、どうにもホイットマンが好きとは思えないのですが。



最後に。ホイットマンの詩を日本で初めて紹介したのは夏目漱石と言われています。さすが漱石。一生ついていく。

時間逆行っていうかファッキンネイチャー 『TENET』


どうも、こんにちは。

ネット回線直ったよ〜! PCから更新できるようになったよ〜! というわけで、本日はこちら!



TENET(2020)

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CIAエージェントの主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)はある任務への適正を買われ、極秘の研究所へ案内されます。そこで彼は壁の弾痕からハンドガンへ逆行する弾丸、未来から送られてきたという様々な物質を目の当たりにし、世界は何者かによる未来からの干渉を受けていることを聞かされます。彼に与えられた任務は未来からの干渉について調査することでした。



公開から一ヶ月以上経過していながらテネットのテの字も出さず、こいつ何してんねやと思われた方もいたでしょうか。一回観ただけではとても理解できないと聞いて、ノーラン作品だからグランドシネマに観に行きたいし(その理由はこちら→"全編IMAXカメラで撮影" の落とし穴)、一度予習してからグランドシネマに行こうか、それともいきなりグランドシネマ行っちゃおうか、いろいろ考えてたら遅くなっちゃって、結局近場のIMAXで観てもう満足してしまいました。だって拍子抜けなほどストーリーは概ね理解できてしまった。

ただし、日本語話者にしか理解させる気のない『シン・ゴジラ』(2016)のように、『TENET』もまた英語話者にしか理解させる気がないという印象は受けた。アクションシーン以外ずっとしゃべってるし、ゆえに字幕切り替わるのが速くて追いきれないし、会話噛み合ってねえなみたいなところも多々あってさ、字幕付けるの苦労したろうなってありありとわかる。だからセリフの微妙なニュアンスや、キャラクターの表情、そういう細部に関してはきっと繰り返し観ないと理解できないので、何回も劇場に足を運びたくなるのはそういうことだろうなと思います。

あとノーランに関しては個人的にいつも思うけど、設定を複雑にしすぎなのよ。もっとシンプルでいいのよ。ロケも世界7都市で敢行したらしいですけど、会話してるところだけ切り取り切り取りで数秒ごとにカットが変わっちゃって、景色とかもう全然目に入らない。せっかくいろんな国に行ってるのに、ロケーションは海の上か建物の中かって感じなので、その土地の雰囲気を楽しませる気がない編集なのよ。世界7都市ロケ、必要あったか?

というわけで、『TENET』についての考察はすでに世界中の人が繰り広げていますから、今更そこに参戦しようなんておこがましいことはいたしません。私は例によって例のごとく浅い話をするだけです。冒頭の特殊部隊の戦闘服からもうたまんねえなって思ったし、カーアクションシーンは最高だったし、そこから主人公が初めて回転ドアを目の当たりにするくだりもわくわくした。だから作品鑑賞中は純粋に楽しめたんですけれども、終わってから冷静に反芻してたらだんだんイライラしてきちゃった。ノーランのクセがすごい。大クセ。以下、ネタバレありますのでご注意ください。



①自己犠牲の精神が好きすぎる

誰かがやらなきゃいけないなら俺がやる。みたいなやつはハリウッドの大好物であり、ノーランの常套手段でもあります。『インターステラー』(2014)もそうだし、『ダークナイト』(2008)もそうだし、世界を救えるならたとえ自分の功績は日の目を浴びなくても、それどころか悪役扱いされたとしても、俺はやるぜって。本作の主人公もまた自己犠牲の精神を評価されて(テストをパスして)時間逆行の任務に突入するわけですけれども、主人公が命をかける理由がよくわからないのよね。この世界はそこまでして守る価値があるのか?

CIA仕込みのエージェントですから時に暗殺もするし、世界の救世主と言っても過言ではないのに最後には自分を黒幕と称する控えめな精神。まさにダークヒロイズムよね。でも正直言って彼はサイコパスです。大義のためには多少の犠牲も厭わない。オペラハウスの時もオスロ空港の時も主人公は一般人の安全を気にしてはいたけど、それでも結局あんなアホくさい作戦に乗っちゃうんだから、彼の「気にする」は所詮ポーズなのよ。あれだけデカイ爆発が起きたら怪我人が出るのは必至だろう。

ていうか、主人公以外もみんなサイコパス。だって、言うまでもなく、セイターはサイコパスじゃん。自分の目的のためには他者を蹴落とすファッキンネイチャーの持ち主でしょ。セイターがキャサリンを蹂躙しながら「ファッキンネイチャー!!!!!(これが俺の本質だ)」って叫んでましたから、本人にも自覚ありです。ちなみに私はこのシーンを観た瞬間、あっこのセリフはツイッターでネタにされてるだろうな、って思ったんですよ。なのに観終わってツイート検索しても一切出てこない。なんで? みんな「ファッキンネイチャー」って言いたくならないの? 私がみんなとズレてんのかな?

また、そんなセイターに蹂躙されていたキャサリンも自分の自由と息子のために彼を殺すんですから立派なサイコパスです。しかも主人公たちの作戦が完了するまで殺すのを待てと言われたのに、それを待たずして殺す。咎められても「だってあのドヤ顔に我慢できなかったんだもん!」とまるで悪びれる様子がない。お前、セイター並みにやばいぞ。

あとはプリヤもだね。TENETの中の人は基本みんなサイコパスよね。70億人を救うためには、まあ百や二百の犠牲は仕方ないか的な。それは戦争の理論ぞ。



②アンチCG主義

極力CGを使わず、リアルな撮影を信条とするノーラン。オスロ空港の爆発シーンではジャンボジェットを建物に突っ込ませ、時間逆行中のシーンはキャストに逆再生っぽい動きをさせる。リアリティを追求するのはいいと思う。下手くそなCGほど興ざめするものはないからね。でもさ、ノーランが全部リアルで撮る監督っていうのを知ってしまってから、彼の作品でジャンボジェットやら高級車やら爆発してるのを見るたび、「本物なのに……」って思うようになってしまった。もったいないという気持ちが大きすぎて、むしろ映像に集中できなくなってしまった。それって本末転倒じゃない? 爆発シーンはさ「わっほーい!」ってなりたいのが人情じゃん? 「うわ、今10万ドル爆発した……」なんて考えたくないじゃん。

それからすっごい不思議だったことがあります。クライマックスの戦闘シーンで後ろ向きに走ってるTENETの隊員たちがシュールすぎて吹き出しそうになったのに、劇場内見回しても誰も笑ってないの。なんでみんな笑わないの? あれはむしろ不自然だったぞ。何事にも用法と容量ってあるからね。ノーランのアンチCG主義は、添加物を極端に嫌う健康オタク、あるいは美容オタクに近いものがある。オーガニックだとかジビエだとか、ナチュラル志向も行きすぎるとうざったいだけじゃん。ファッキンネイチャー。



③放射能を軽視しすぎ

時間逆行によって世界そのものが消滅してしまうということについて、「核より悲惨」というセリフがありました。お前そんなことがよく言えるな。また、核爆発により地図上から葬り去られた街で泥水をすするように過酷な少年期を生きたセイターをして、「放射能汚染を恐れない男」と称する。お前、そんなことがよく言えるな。そしてどうやら時間逆行そのものにも放射能の影響があるようで、未来から逆行して過去に持ち込まれた物質はどれも微量の放射能を帯びているらしい。なのに扱いが非常にずさん。喧嘩売ってんのか? お?

以前も言及したことがありますが、『ダークナイト ライジング』(2012)のラストでも核を海の上で爆発させてハッピーエンドみたいなくだりがあったり、ノーランは放射能をあまりにも軽視している。とにかくノーランは『Fukushima 50』(2019)を観ろ。放射能汚染について語るのはそれからだ。




ノーランへのディスはこれくらいにしておいて、あとはキャストやキャラクターについて少々。

まず主人公のジョン・デヴィッド・ワシントンについて。『ブラック・クランズマン』(2018)を観た時はあんまり親父に似てないなって思ってたんだけど、声は親父にそっくりじゃん。それに気づけた。以上。

次にニール役のロバート・パティンソンについて。ニールは彼でこそだよね。歩き方がシャラメ の記事でも申し上げましたように、敵なのか味方なのか、信用していいのかだめなのか、どちらに転んでも説得力がある貴重な俳優だもの。でも『TENET』では絶対味方だって私は公開前から予告の段階で確信してた。だって見た目が絶妙にダサいんだもん。よくわからんヘナヘナのネクタイしてたり、スーツもくたびれてる。髪もぐちゃぐちゃ。

そしてキャサリン役のエリザベス・デビッキについて。超長身のキャサリンに対して、大女だとか、女のくせにデカすぎるだとか、そういうセリフが一切なかったのは非常に評価できる。男の誰よりも身長の高い女がいても何も不思議を感じてない世界。まあそうよな。時間を逆行できる世界線にいるんだから、たかだか2mの女を見たくらいで大騒ぎするなんてちぐはぐなことするわけないよな。←



最後に。私としては『TENET』はさほど難解とは思いませんが、映画情報サイトに載ってるあらすじがどれも軒並み的外れなのを見るに、ライター含め本当に理解できてない人が多いのかなって。ギャグとかでなく。私は『インターステラー』で五次元の世界が出てきた時のほうが意味わかんなくてキレたけどね。

たぶん令和ではないどこか別の時空 『私たちはどうかしている』


どうも、こんにちは。

最近自宅のネット環境が変わりまして、なぜかPCからだと記事のアップができず、スマホでちまちまやるしかなくて更新が滞っておりました。ただいま元の環境に戻そうと四苦八苦しております。こういうの、年1くらいで起きるんですけど、なんなんすかね。

さて本日の議題は、浜辺美波×横浜流星ダブル主演のいろんな意味で話題を集めていた日テレドラマ『私たちはどうかしている』です。原作が少女漫画ということもあってか、2話の時点ですでに若旦那(横浜流星)ルートに入ってる乙女ゲーみたいな本当にどうかしていたストーリーはさておき、老舗和菓子屋が舞台ということでかわいい着物がたくさん出てくるのを期待し、ただその一点のみで全8話視聴いたしました。いやあ、がんばった。令和の話で、着物の衣装がたくさん登場する連ドラなんてなかなかありませんので。まあ終盤は展開のトンチキ具合に疲弊し、スクショする気力も失せてほとんど保存できていないんですけれども。

そんなわけで着物に注目するあまり、どうにも気になってしまったことがあります。天涯孤独、ほぼ身一つで老舗和菓子屋に乗り込んできたはずの和菓子職人の主人公(浜辺美波)が何着も違う着物を着てるのが解せぬ。主人公は荷物が少ないと1話でも2話でも言われていました。和菓子を作る道具と数着の着替え(洋服)しか持ってきてないように見えます。しかし序盤から着物を着ているシーンが複数あるのは一体どういうことなのか。

老舗和菓子屋を営む高月家には若い女性がいないので主人公が着るような着物があるとは思えないし、あったとしてもあの意地の悪い女将が貸すかな。何より、主人公が序盤で着てる着物は高月家の人たちの着物と比べると明らかに安物に見えます。だから絶対に主人公が持参したものなんだけど、そうなると何着もあるのがやっぱりおかしい。

いや、わかったぞ。これはフリだな。見かねた若旦那が「光月庵の若女将になる者がそんな安物を着るな」とか言っちゃって、良い着物をいくつか仕立ててあげるシーンに至るわけね。オーライ、オーライ。と思っていたのにそんなシーンは待てど暮らせど、ない。店のお得意様には呉服屋の人もいて、しかも結構序盤に登場してきてたのに、これでもかというほどお膳立てされているのに、一瞬たりとも着物に言及されないのは本当にどうかしている。

証拠の呉服屋はこちらです。

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黒地に鞠柄の帯は、とてもかわいい。それは認める。



気になることはまだあります。寝巻きが、浴衣。

いくら代々続く老舗和菓子屋とはいえ、二十歳そこそこの跡取り息子の寝間着が浴衣とは、一体どんなご家庭ですか。そして枕元には行灯風の明かりという徹底ぶり。主人公も浴衣を寝巻きにしてたけど、あれはさすがに女将or若旦那から与えられたものに違いない。もしあれが持参したものだとしたら、どこぞの旅館からパクってきたとしか思えない。

しかし、おかげで今をときめく若い2人による完全和スタイルat実家の艶っぽいシーンが実現したわけですから、ここはひとつ目をつぶってやるべきなのでしょうか。今日び、和室に敷布団に浴衣のそんなシーンなんぞ旅館に泊まりに来た設定でしか見ませんけど、実家のお屋敷となると格別に淫猥ですね。だって相当広いとはいえ、敷地内に家族や従業員もともに暮らしているわけですから。実際、若夫婦が朝方に腕枕してるところを女将が瞳孔かっぴらいて見てましたから。

そもそも論を言うと、身につけるものだけでなく生活様式が少なくとも半世紀は遡っている。お屋敷の中には電話室なるものもあって、律儀に黒電話でお得意様に連絡する女将。もう、あれか。実は令和じゃないのか。そうなるとお屋敷のトイレは和式かもしれないね。むしろそうあってくれ。

では最後に私がかわいいと思った着物の画像をまとめて載せておさらば。

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パステルカラーの縞柄の帯、かわいい。



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永谷園さながらの太縞の着物、かわいい。



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当て馬みたいな役どころだった岸井ゆきの。赤地に花柄の小紋、かわいい。





他にもかわいい着物の衣装はたくさんあるのですが、ドラマの公式HPに全部まとめてUPされてるので気になる方はそちらをチェックしてください(力尽きた)。