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気晴らし細論

2020年06月の記事

映画館は音を聞きに行くところ


どうも、こんにちは。

皆さま、ただいま全国の劇場でジブリ作品がリバイバル上映されてることはご存知でしょうか。『風の谷のナウシカ』(1984)、『もののけ姫』(1997)、『千と千尋の神隠し』(2001)、『ゲド戦記』(2006)というラインナップです。しかし『ゲド戦記』だけ若干チョイス誤ってる感じは否めない。そこは『ハウルの動く城』(2004)で行くべきだったと思うのだが。興行収入的にも人気的にも。

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それはさておき、『もののけ姫』大好き芸人として、このチャンスを逃すわけにはゆかぬ。私のもののけ愛はこちらを参照のこと→2回押し通るアシタカ 『もののけ姫』宮崎駿は大事なことを端折りがちである、としっかり肝に銘じる

私は『もののけ姫』を映画館で観たことがありません。今回のこのリバイバル上映が「一生に一度は、映画館でジブリを。」といううたい文句でやっているように、映画館で『もののけ姫』を観る一生に一度のチャンスかもしれないわけですから、軽やかにスキップかましながら映画館に行ってきました(大嘘)。

ただ勝手に期待値爆上げしてる分、大した発見もなかったらガッカリだな、なんて不安もあったのですが、冒頭で『もののけ姫』とタイトルテロップ出るところの音響がよすぎて、そんな不安は秒で打ち消されたとはっきり言っておきます。ジブリ音楽のよさを再確認するとともに、テレビで観てる時は聞こえなかった音がたくさん聞こえる感動。なんだか本当の『もののけ姫』をようやく観ることができた気がする。エンドロールに感動したのは初めてかもしれない。

アシタカの村がタタリ神に襲われるところはなんかやべえこと起きた感がすごかったし、その後アシタカが村を出た時の荘厳なアシタカせっ記はああこれだって思ったし、山犬(サン)の寝ぐらでサンとアシタカが話すシーンで2人の声が反響してたり、エボシの話し方が全体的にやさしく聞こえたり、いろんなキャラクターのセリフのちょっと聞き取りづらかった部分がすごくはっきりクリアに聞こえたり、本当に挙げればきりがないくらい音の発見がありました。

今回の経験で、映画館は音を聞きに行くところなんだと知った。映像じゃないんだわ。映像は家のテレビでも充分解像度の高いものが観れるし、ブルーレイなんかだったら映画館よりもよっぽど鮮明に見えたりしますから。でも音は明確な差があるもん。ホームシアター的に音響設備も整えてるなら多少変わるかもしれないけど、うちにはそんなのないっすもん。それが映画館に行ったら全方向から音が聞こえるんだからそりゃあ聞こえない音も聞こえるでしょう。



そしてストーリーのほうでも新しい発見がありました。生きることの苦しさとか、人間と森の生き物のように価値観の違う者は共存できないのか、みたいなことが『もののけ姫』の主のテーマだと今までは思ってたんですが、映画館で観たからなのかよくわからないけど「恨みや憎しみに身を委ねるな」のほうが重要なテーマのような気がしてきました。もちろんこれはアシタカのセリフにもあるし、物語を構成するポイントのひとつなのは理解してましたが、なんだかそっちのほうがより強く推されてるように思えてならない。

物語は「人(タタラ場) vs 森 with 止めに入る余所者のアシタカ」という構図ですが、そこでアシタカがただきれいごとを言ってるだけだという印象にならないのは、アシタカが恨みや憎しみに囚われない存在としてはっきり描かれてるからなんじゃないかなと思うわけです。

エミシは大和朝廷によって東北に追いやられて、きっとその過程でたくさんの仲間を失ったんだろうけど、一族が生き残って数百年後も静かに暮らしてるってことは、つまりアシタカは憎しみに身を委ねなかった人たちの末裔だってことだと思うんですよ。それからアシタカ自身も理不尽な形で死の呪いを負いますけれども、呪いを解く方法を探してるだけで復讐は考えてないし、自分に呪いを与えたナゴの守のことは恨むどころか同情して、元凶のエボシにも怒りを表しはしたものの攻撃はしてない。タタラ場の女性に石火矢で撃たれて死にかけても(事故だったけど)彼女を恨んではいない。

以上のことを考えるとより感慨深くなる「お前にサンを救えるか」問答。サンは人間に捨てられて山犬(森の生き物)として生きることになり、森を破壊する人間を憎んでいます。そんなサンをお前は救えるのかとモロに問われ、アシタカは「わからない」と答えますが、アシタカなら少なくとも人間を憎み続けることからは解放してあげられるのではと思うわけです。この問答シーンで流れている主題歌には「悲しみと怒りにひそむ まことの心を知るは森の精」なんて歌詞もある。やはりこっちが本当の主題なのかしら。

また、人間側にも唐傘連やら師匠連やら、アサノ公方、地侍、様々な思想の組織があって、四方八方で争いが起きています。実際、物語の終盤でタタラ場はシシ神退治に出かけて手薄になったところをアサノ公方に襲われてるし、それによってタタラ場にも被害が出てるので、人間と森の争いがひと段落しても今度は人間同士の争いが起きる予感がバシバシです。「人 vs 森」っていうか、そもそも人の業が深いって話よな。

「憎しみに身を委ねるな」
「曇りなき眼で見定め、決める」

価値観の多様性が求められる今の時代こそ、ぜひ教訓にしていきたい所存です。

浮き草たちはきれいな服を手に入れた! 『浮き草たち』


どうも、こんにちは。

本日ご紹介するのは、満を持してのNetflix作品でございます。



浮き草たち(2016)

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ニューヨークの片隅に暮らすポーランド移民の青年ダニー(カラム・ターナー)は、兄がやるはずだった運び屋の仕事をやむをえず代行することに。ブリーフケースを持って指定の駅へ行き、別のブリーフケースと交換するだけの仕事でしたが、誤って無関係の人のブリーフケースと交換してしまいます。ダニーは、共に雇われた少女エリー(グレース・ヴァン・パタン)と2人でブリーフケースを取り戻そうと四苦八苦。


交換するブリーフケースを間違える、というのがもういかにもポンコツなので、しょっぱなから主人公ダニーの鈍臭さにイライラしてしまう人もいるかもしれません。悪い奴じゃないのはわかるがどうにも冴えない。芋っぽい。ぬぼっとした冴えない青年感、木偶の坊感ならば任せておけ。我らがカラム・ターナー。わたくし、『さよなら、僕のマンハッタン』(2017)でカラム・ターナーを発見してから、Netflixを契約したら観ようと思って温めていました(よろしければこちらもどうぞ→無難を突き詰めるとおしゃれになる 『さよなら、僕のマンハッタン』)。

『さよなら、僕のマンハッタン』はニューヨークの中心部、流行と伝統の両方が楽しめるホットスポットが舞台でしたが、打って変わって本作ではニューヨーク郊外のゆったりした雰囲気が味わえます。ニューヨークご当地映画として対比を楽しむのも乙。初対面のダニーとエリーがブリーフケースを探して三千里しながら駄弁る本作は、ニューヨークに住む貧困層の若者たちの等身大の姿なのかもしれません。

さて、主人公ダニーは提供する話題もつまらんし、言い方が下手くそでエリーの気分を害してしまったり、何かと残念な青年です。そもそも事の発端がダニーのしょうもない失敗なので、お前この後どうやって挽回する気やねん、多少のことではひっくり返らんぞ、ってな感じなのですが、すでに地面にめり込む勢いでハードルが低くなっているので、こういう奴のほうが案外簡単にギャップを見せられるということもある。

例えば、ブリーフケースを探す道中で忍び込んだある裕福なおうちで、ペットのトカゲを発見する2人。ダニーも昔トカゲを飼っていたという話をした後だったので、2人で水槽の中のトカゲを眺めます。そしてエリーの投げかけた疑問に答えるダニー。


エリー「(ペットは)死んじゃうのになぜ飼うの?」
ダニー「悲しみに慣れる練習をするためかも」


なんじゃそれエッッモ……!


ポンコツなくせに不意にこんなエモいことを言うからびびる。エリーも「……(え、あんたがそんなこと言うの?)」みたいな表情が隠せていません。だがしかし私はここで冷静になります。日本語字幕に踊らされてはいけない。原語ではどう言ってるのか知るために私は英語字幕を出した。

エリー「I don't know why they give kids pets that die so young.」
ダニー「Maybe let'em be sad about something small before the really sad things happen.」

おう、ダニーやっぱりちょっと野暮ったい言い方してんな。

「本当に悲しいことが起きる前に小さな悲しみを経験させる」っていう、その表現の拙い感じ、なんか安心した。日本語字幕だとめっちゃ文学的に言ってるけど、まあダニーがそんな気の利いた言い回しできるわけないもんな。よかった。



会話から察するに、ダニーとエリーは高校卒業して2〜3年くらいだと思うので、きっと20、21歳とかそこらへん(少なくとも20代前半)ではないかと推測します。21歳最強説を唱えている私としましては、紛失した荷物を探して初対面の2人が文句言いながら知らない土地を歩いたり、人ん家のプール小屋に忍び込んで寒さを凌ぎながら夜を明かしたり、人ん家から洋服と自転車を拝借(という名の窃盗)して太陽の下を疾走したり、そういうのが全部がまぶしくってだな。もう自分はこんなことができる年齢をとっくに過ぎたと思うとノスタルジックな気分になってしまうのだった……(完)。

特に2人がTシャツにチノパン(orスキニー)というラフな格好から、ダニーは若葉色のシャツに、エリーは水色のワンピースにそれぞれ着替えるというドレスアップタイムが設けられてたのはわくわくしちゃった。RPGで装備をレベルアップさせる瞬間のようなうれしさに似たものを感じた。カジュアルだけど清潔感のあるかっちりしたシャツ、体のラインを適度に拾う品のあるワンピース、どちらも本人たちは自分では持ってない・買えないレベルの高価な服なんですよ。それを何の躊躇いもなく頂戴してしまう無邪気さ。もうね、窃盗だとか言うのは野暮。みんなRPGで人ん家のタンスとか勝手に開けるだろ。これはRPGなの。きれいな服を手に入れた!それでいいの。

そして最近ふと思ったのですが、浮き草、根無し草、雑草根性、若草物語(今、新作映画やってますね)、日本人は自分を草に例えるのが好きなんだなあ。草生えるwwwwwww




ちなみに記事の最初に貼ってる画像、本作のポスター的なやつ、あれ、ラストシーンなんですけど、それもなんか、すごく粋だったなあ。

「私たち今から始めない?」
「そうだね。俺もここから始める」

リモート撮影のお手本みたいな映画 『コーヒー&シガレッツ』


どうも、こんにちは。

全国的に緊急事態宣言が解除されてようやく社会も動き始めたわけですが、映画業界は相次ぐ公開延期で何とも寂しい限りです。るろ剣も楽しみにしてたのに来年GWまで延びちゃった。とはいえ、楽しみは先に延びただけで永遠に機会を奪われたわけではないので別にいいんですが、本当に書くことがないのよね。テレビをつければコロナコロナコロナ再放送再放送コロナ再放送コロナコロナという感じだし、先日ようやくNetflixデビューしてずっと観たかった作品を片っ端から観ているのですけれども、まだこれといって琴線に触れるものに出会えていません。正直ちょっとNetflixの実力を疑い始めています。そして私は自室のエアコンが壊れて動かないので暑くて思考力が低下しています(どうでもいい情報)。

さて、こんな状況下でもジム・ジャームッシュ監督の新作『デッド・ドント・ダイ』(2019)が元気に劇場公開スタートしたのを記念して、同監督の作品であるこちらをご紹介しましょう。



『コーヒー&シガレッツ』(2003)

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疲れてる時に観ると確実に睡魔に襲われるでおなじみのジム・ジャームッシュ作品ですが、本作もその名に違わぬものとなっております。タイトルの通り、コーヒーを片手に煙草をぷかぷかしながら登場人物が会話するだけのオムニバス形式の作品。本日にわかにツイッターのトレンドを席巻した、かの芸人のすれ違いコントのようなゆるぽわテイストと、今時珍しくモノクロなのも睡魔に拍車をかける。

しかし、この『コーヒー&シガレッツ』は今の社会状況におけるエンタメのつくり方のヒントになるというか、ひとつの参考例になると思います。ほぼ(というか100%?)室内撮影かつ固定カメラで、キャストがただ喋り倒すだけの会話劇ということで、リモート撮影ドラマのお手本のようなつくりになっているわけです。

最近NHKで放送されていた『Living』はちょうどそんなつくりのドラマでした。広瀬アリス・すず姉妹や、中尾明慶・仲里依紗夫妻など、同じ家に住む俳優さんたちが自宅で撮影した1話15分のオムニバス形式の作品です。脚本を担当したのが会話劇の得意な坂元裕二だったから、強みが損なわれてない。むしろ固定カメラで余計なカット割りがない分おもしろさが増してるくらい。家族の口喧嘩を見てるようなリアルさがいい(キャストが実際の家族なわけだし)。リモート撮影ということがハンデになってなくて普通におもしろかった。

緊急事態宣言が解かれてぼちぼちロケも始まってるようなのでひとまず必要性はなくなったかもしれないけど、今後もコロナ感染拡大の可能性は充分にあるので、いつまた自粛生活を強いられることになるかわかりません。こういう撮影の仕方もあるよって光がさしてる気がします。なにより、日本の俳優たちがコーヒー飲みながら煙草を吸いながら話してるだけのドラマとか、ちょっと観たくないですか? 柄本佑と安藤サクラが丁々発止の言い合いしてるのとか、唐沢寿明と山口智子が自宅のベランダでのんびりおしゃべりしてるのとか、めっちゃ観たいんだけど。ドラマですよ。もちろん。





最後に、ジム・ジャームッシュ作品常連の俳優陣ってみんなクセが強いよね。スティーブ・ブシェミの拭えないねずみ男感、人間じゃない役ばかりやってるティルダ・スウィントンの教祖感、前にも言ったことあるけどアダム・ドライバーは人食べそうだもん(こちらの記事参照→少しずつ違う毎日と詩の話 『パターソン』)。あとビル・マーレイは『ゾンビランド』(2009)にも出てたし、何かとゾンビと縁があるように思えてなりません。

というわけで、『デッド・ドント・ダイ』はぜひ劇場で観たいと思っています。