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気晴らし細論

2019年11月の記事

33歳になったらテルコはラッパーデビュー 『愛がなんだ』


どうも、こんにちは。

本日はこちらの作品について。



愛がなんだ(2018)

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主人公テルコ(岸井ゆきの)は友人の結婚式の二次会で出会ったマモル(成田凌)を好きになって以来、彼に呼び出されれば夜中でも駆けつけ、風邪で寝込んでいると聞けば看病を買って出ます。しかしマモルはテルコを都合よく使うばかりで、ついには別の女性を好きになりテルコをキューピットのように利用するのでした。


簡潔に言うと、付き合ってんのか付き合ってないのかよくわからない関係の若者たちがふらふらしながら人生の意味を考えたりするよくあるアンニュイ系の映画の一種です。

申し訳ないが、この手の作品によくある誰が見ても(ビジュアル的に)かわいい人あるいはかっこいい人がまるでイケてない風を装った役をやることへの疑問が未だに拭えない。今作では成田凌演じるマモルが「俺ってあんまかっこよくないじゃん。体型とかもなんか貧相だし」なんてセリフを言う場面があるんですが、お前よくそんなことが言えるよな。確かに役としてはだらしなくて情けなくて小汚い格好してるけど、身長180cm超えてる時点でお前はある一定のステータスを獲得してるからな。

逆に岸井ゆきのは『太陽を掴め』(2016)でも頭ゆるい(なんなら股もゆるい)感じの役やってたのが記憶に残ってるんですが、なんかそういう役やるの、違和感がすごいんだよな。大変申し訳ないけど彼女は諸手を挙げてかわいいって感じのお顔じゃないから、賢い役のほうが似合うような気がするんだけどな。ちなみに『太陽を掴め』は浅香航大が出てなかったら観なかったし、浅香航大が出てないシーンは飛ばした。←

さて、挨拶代わりに軽くディスをかましたところで、私が注目したところをご紹介します。テルコがフリースタイルラップをかますシーンです。

しばらく音信不通だったマモルから久しぶりに呼び出され、バイトの面接を途中でぶっちぎってウキウキと馳せ参じるテルコでしたが、彼女を待っていたのはマモル一人ではありませんでした。なぜかマモルの隣には堂にいった様子でたばこを吸う塚越すみれというヤンキー崩れの女性(34)がいます。自分はなぜここに呼ばれたのか、これは彼女を紹介されているということなのか、わけわからん何なんだよ、といった風情でテルコは帰り道に妬み嫉みと想像オンリーで塚越すみれを全力ディス。

塚越すみれ つか… つか誰だよ
塚越すみれ 下着よれよれ 内臓荒れ荒れ
いつも便秘気味 たばこ吸いすぎ
真っ黒な肺と悪い肝臓
乾燥した背中 かゆくてしょうがない
なのに体硬いから届かない
予備校でも生徒たちから
変な格好とウワサ殺到
上司との不倫もバレバレ なのにほっとかれ
植物買ってもすぐに枯れ
ベランダにはその残骸が哀れ
春先には冬を超えたゴキブリの卵がかえる
背中かゆい! ざまあみろ

なんでここでいきなりラップが始まったのか全く意味不明だし、劇中でテルコがラップを聞いてる場面とか、ラップが好きだという描写は一切ないし、そんなテルコがこれを即興で思いついたなんて天才でしょ。はっきり言って岸井ゆきののラップはたどたどしくてお世辞にもうまいとは言えないんだけど、それは練習すればうまくなる。でもフリースタイルラップのリリックはたぶん磨こうとして磨けるものじゃないから。ひとえに才能だから。ゾウの飼育員じゃなくてラッパーになろう。目指せフリースタイルダンジョン出場。審査員席にはいとうせいこう。

ところで、私は以前から思ってることがあります。平安時代の貴族は短歌を詠んだらそれを受け取った相手は即興で返歌を詠み、枕詞、序詞、掛詞、縁語いろんな技法を駆使してひたすら応酬し合ったらしいじゃないですか。ということは、昔の貴族ってひょっとするとラッパーなのか? 返歌の応酬はフリースタイルラップバトルに近いし、教養と機転と言葉のセンスが求められる高度な文化です。ということはつまり、ラッパーって貴族なのか?

情緒がおかしい 『アナと雪の女王』


どうも、こんにちは。

ディズニー・ピクサーのプリンセス映画に疎いでおなじみの私ですが、今週末に新作公開が控えているということでお勉強ためにアナ雪を観ました。



アナと雪の女王(2013)

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アレンデール王国の王女エルサは、生まれつき触れたものを凍らせたり雪を降らせる能力を持っています。幼少期にその力で妹のアナを誤って傷つけてしまったことから両親に力を隠すよう言いつけられ、仲良しだったアナと距離を取り、城にこもるようになります。やがて成人し、迎えた戴冠式の夜、アナとの口論をきっかけにエルサの感情が高ぶり、抑えていた能力が人目に晒されてしまいます。



ディズニー映画だからストーリーについては信頼しています。安心安定のやつでした。これについてはディスポイントございません。しかし、ミュージカルという要素に若干の懸念が残ります。タモリこと森田一義のミュージカル嫌いは有名ですが、わかる。なんでいきなり歌い始めるのか教えてほしい。そこに歌う意味はあるのか。

そしてこの懸念はやはりどうにもなりませんでした。アナとハンスが「とびら開けて」を歌うところもマジかって思ったけど、この作品の一番有名で盛り上がると言っても過言ではないエルサが「ありのままで」を歌うシーンは特に思った。


情緒がおかしくないか。


だってさ、めでたいはずの戴冠式の日、それまでひた隠しにしてた自分の能力が人目に晒され、何も知らんで偉そうなことを言う妹にショックを受けたのとちょっといらっとしたので突き放し、国を飛び出して逃げてきたエルサです。国民や従者からは化け物と思われてるだろうし、妹には怒りと申し訳なさとでどんな顔して会えばいいのよって感じだし、私が一体何をしたの、なんでこんなことになったの、っていろいろ絶望している中でエルサ、歌います。

戸惑い 傷つき
誰にも打ち明けずに悩んでた
それももうやめよう

ありのままの姿見せるのよ
ありのままの自分になるの
何も怖くない 風よ吹け
少しも寒くないわ(ドヤァ)

まてまて、ありのままの姿、誰に見せるのよ? 君は今たった一人で雪山にいるんだぞ? ありのままで生きたかったのはそりゃそうだろうけど、一日と経たずしてもう完璧に吹っ切れてんだね。葛藤とかないんだね。国を捨てて逃げてきたとは到底思えない切り替えの速さに戸惑う。あまりにも気になって調べてみたら、吹替版の歌詞は原語の英語詞と全然違ってて、公開時から問題になってるらしい。

もとの「Let it go」は、大体以下のような感じらしいです。

親に言われて今までずっと隠してきたけど
どうせバレたから、もういいわ
雪山に篭ってれば誰と会うこともないし
もう国がどうなってても知らんし Let it go

(※雰囲気だけの訳です)

ヤケになってますね。ですよね。それが正解ですね。そもそも「Let it go」ってあんまりポジティブな意味じゃないよね?「放っておく」とか「諦める」とかそんな感じだよね。ビートルズの「Let it be」も「あるがままに」って訳されてるけど違うんだよ論争が昔からあるよね。

吹替版「ありのままで」は確かにいい歌詞なんですけど、エルサの心情を表すならこれは国に戻ってきて全てが解決したラストで歌うべきだね。恐ろしく思えた能力でも使い方次第では人のためになるし、変に隠す必要はないよ、ありのままの姿見せるのよ、で感動的。すばらしい。



さて、ここからは余談です。うちの母がディズニーやプリンセスものに無関心だったからか、ディズニー映画のVHSは家に一本もなかったし、絵本もなかったし、なんならセーラームーンとかキューティーハニーとかおジャ魔女とかも一切わからないし、マジでジブリがギリ。それでも魔女の宅急便は母がユーミンが好きだから知ってたけど、トトロ観たのは中学生になってから、耳をすませばは大学生になってからだったし、つくづく子供向けのアニメものには縁がない人生だった。

女の子はプリンセスが好きだとしても、男の子だったらディズニーより仮面ライダーとか戦隊モノが好きだろうから、うちのように子供がディズニーを観ずに育つ家庭もあるだろうと思っていたのですが、違うんですよね。男の子でも小さい頃から普通にディズニーとかピクサーとか観てるみたいなんですよね。私の大学の同期(男)は『ウォーリー』(2008)が一番好きで、『インサイド・ヘッド』(2015)が公開される頃には、気になる、早く観たいと言ってました。当時ラッキーストライク吸ってたようなやつがですよ。しかも私が『トイ・ストーリー』シリーズを観たことがないと言ったら非国民扱いされた。

で、男の子でも普通にディズニーやピクサー作品を観るっていうのを最近認識した出来事がもうひとつあって、それはジャニーズJr.チャンネルのTravis Japanのジェスチャーゲーム動画なんですけど(なんか最近ジャニーズJr.の話をしすぎてただのジャニオタと化してる気がする)、有名な童話、小説、映画、漫画などのタイトルがお題として出題され、一人がそれをジェスチャーで表現し、残りのメンバーが作品名を当てるというルールです。


動画を観ていただければわかりますが、ディズニーやピクサーの作品も多く出題されています。みんな間髪入れずに当ててるので、ジェスチャーが的確でわかりやすい(作品をよく観ている)、当てる側もその意図を汲んでいる(やはり作品をよく観ている)と言えそうです。私はトイ・ストーリーとアナ雪は答えを言われてもわかんなかった。アナ雪観る前だったし、トイ・ストーリーは未だに観てないし。



ちなみにこのゲームで一番おもしろかったシーン(12:25〜)

松倉:(座禅を組むジェスチャー)
元太:奈良の大仏!!!
宮近:ダルシム!!!

なんでだよ。

この後、ノエル先輩の「手伸びるやつな」というフォローと、中村海人の「ダルシムってさあ(笑)」というつぶやきが入るのでちゃかちゃんのダルシム回答のほうが目立っていますが、冷静に考えて奈良の大仏のほうがおかしいだろ。さすが、先日スッキリに出演した時に「好きな朝食はブレックファストです!」と言い放った松田元太くん(20)。あまりにも放送事故でこの世の終わりかと思った。

後ろ姿がやたら多いのは壮大な前振り 『ジョーカー』


どうも、こんにちは。

本日は今大ヒット中のこちらの作品です。やっと。ついに。



ジョーカー(2019)

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大道芸人として日銭を稼ぐアーサー(ホアキン・フェニックス)は、病気の母を介護しながら慎ましく暮らしています。「どんな時も笑顔で人を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、プロのコメディアンになることを夢見て懸命に生きる彼を数々の不幸が襲います。


『ジョーカー』の評価はそれはもうべらぼうに高いじゃないですか。みんな絶賛してるじゃないですか。ストーリーとしてはひたすら救いがなくてつらいとか、元気な時に観ないと精神がおしまいになるとか、そんな評判を聞いていたので、これはもう私が好きなやつだなと確信してたし覚悟を決めて観に行ったんですよ。松本清張並の鬱展開を想像してね。

鬱が全然足りん!!!!!

確かにアーサーは理不尽な扱いを受けてるし不幸な男だけど、悪いことばっかり続いて、追い詰められて追い詰められて闇落ちしてしまいました、というには少し足りなかったよ。すごくアメリカンというか、白黒はっきりしててグレーな部分がないというか。我慢してたけどもう無理だわ、こいつ気に入らないから殺す、身内でも殺す、一片の迷いなく殺す、って感じだった。

本当に苦しいのって、例えば認知症の親の介護に疲れて、いっそ親を殺して自分も死のうか、なんて考えるけど、いざやろうとしたらやっぱりできなくて、だけど生活がつらいのは変わらないし、もうどうすればいいかわからない、みたいなやつだと思うんだよ。過去の記事→最初から最後までつらいに載せてる作品のほうが鬱度は高かったな。

『ジョーカー』も暗いのは間違いないよ。ていうかずっと暗い。一分の隙もなく暗い。音楽も暗いし、画面も暗いし、もちろん話も暗いし、全然ポップさがない。でも話はめっちゃ暗いのに画がやたらポップだったり、一瞬幸せな時間があったのにそこからどん底に落ちちゃったり、そういうギャップが余計に切なくさせるわけじゃないですか。アーサーはコメディアン志望だし、「俺の人生は悲劇だ。いや違う、喜劇だ」なんてセリフもあるくらいなんだから、もっともっとポップに描いて逆説的に鬱を演出する手もあったんじゃないかなって思います。

思うところはいろいろあるけど、どうしても納得いかなかったことがひとつだけあります。ネタバレするのでご注意くださいませ。





納得がいかなかったのは、妄想・幻想オチの要素があるところ。今まで何度か言ってますけれども、私は妄想・幻想オチは反則技だと思ってるんで。本作では同じアパートに住む女性といい感じの関係になるんですが、これは全てアーサーの幻想だったことが途中で判明します。うん、だろうなと思ったよ。傷心のアーサーが夜中に彼女の部屋を訪れてトゥナイトする場面があるんだけどね、アーサーって気弱なくせにそんなイケイケの行動取るの? マジで? と思ってた。そしたらやっぱり違ったよね。ここで私は作品への信頼を失ってしまった。

さらにはアーサーが精神病気味で、ところどころ話の辻褄が合わないような部分があるので、もしかしたら他にもアーサーの妄想だったシーンがあるのではないか、ひょっとすると作品全部妄想だった疑惑も浮上してきます。さすがに全部妄想はないかなと思うけど、本当にそういうのは興ざめするから嫌なんですよね。まあこれについては一度観ただけではわからないからこれ以上の言及はやめておきます。

さて、ここまでネガティブなことしか言ってないので、ここからは好きなポイントの話をしましょう。

まずはカメラアングルの話。本作はアーサーの後ろ姿を映すシーンがやたらと多い。チンピラにボコられてとぼとぼ帰る後ろ姿、仕事をクビになってやさぐれて帰る後ろ姿、想い人(上記の同じアパートに住む女性)を尾行する後ろ姿、仕事場のロッカーでベンチに座りこむ後ろ姿、精神病院から資料を持ち逃げ爆走する後ろ姿、実にバリエーションに富んだ後ろ姿を見せてくれるわけなのですが、それらの悲惨なこと、悲惨なこと。悲哀の背中。

しかし、そうやって後ろ姿ばかり散々映したあと、ジョーカーとして覚醒した時に満を持してバシっと真正面のカット。

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これ。このシーン。マジしびれた。超かっこよかった。だらしなくて不潔にすら見えた長髪も、緑に染めたおかげかめちゃくちゃクールで、おじいちゃんのお下がりみたいな野暮ったいスーツもカズレーザー顔負けの赤のセットアップに変わり、完璧なピエロメイクを施して胸を張って闊歩するジョーカーは本当にカリスマそのものだった。馬鹿にされてボコられる気弱なアーサーからの変貌ぶりを後ろ姿→真正面というアングルの違いで表現するのはずるい。撮影賞、演出賞、あげましょう。

それから本作はクリストファー・ノーラン監督の『バットマン』シリーズとは関連がないということですが、あれだけの大作ですからどうしても頭をよぎるじゃないですか。例えば『ダークナイト』(2008)では、市民が信頼を寄せる正義の検事ハービー・デントが闇落ちして罪を犯しますが、市民を失望させないため、彼の代わりにその罪をバットマンが被ります。バットマンが汚れ役を引き受けてゴッサムシティの「ダークナイト(闇の騎士)」になる。そういうストーリーでした(ハービー・デントが「ホワイトナイト(光の騎士)」と称されるセリフもある)。

一方の本作では、ジョーカーの行動は図らずもゴッサムシティの貧困層の人々に影響を与えることになります。彼らは富裕層との格差が広がる社会に不満を爆発させて、ジョーカーを真似たピエロの仮面を被ってデモを起こしたり暴徒と化したり。「おかしいのは俺か、それとも世間か」というジョーカーのセリフがあるけど、少なくとも貧困層にとってはジョーカーは英雄ですから、ダークナイトというか、むしろホワイトナイトとも言えるのかな。皮肉だね。

このようにジョーカーがただの無差別殺人者ではなく、理不尽な世の中への反抗、自分を虐げる人間への復讐で殺人を犯している点、そして何と言ってもホアキン・フェニックスの演技を見るための作品だという点で、私は結論づけました。『ジョーカー』はホアキン・フェニックス版の『野獣死すべし』(1980)です。あれは松田優作の演技を見るための作品だから。詳しくはこちらをどうぞ→『野獣死すべし』 野獣を狩る野獣の父(と獣になれない息子)



最後に。アーサーはどれだけ貧乏なのか、食うものに困るほどなのか、という疑問。アーサーが何かを食べるシーンは一度もないし、がりがりに痩せ細ってるけど、そのわりに煙草スパスパやってるんですよね。マジで金なかったら煙草も無理でしょ。それとも食べ物を買わずに煙草代に充ててんの? そら気狂うに決まってる。食えよ。

ウォノとモネクとリスクヘッジする性格だった私の話


どうも、こんにちは。

10/12、台風接近で家が激しく揺れる中、モネクことMONSTA Xのワールドツアー(通称ワルツ)のDVDを観ました。彼らの持ち曲「暴雨(ポグ)」は、ライブで最も盛り上がるファンの間ではおなじみのゴリゴリヒップホップナンバーなのですが、それを台風の日にキメるの、やってみたかったんだ。近々モネクのワルツはポグを観に行くようなものだ、なんて記事を書こうと思っていたのに。まさかこんなことになるとは。

私が推しているモネクは、いま崩壊の危機に陥っています。どういうことかっていうと、私もよくわかってません。情報量が少なすぎてマジで全てが謎です。しかし私は自他共に認める冷たい人間なので、なんか大変なことになったなあ、くらいの感じです。何のおもしろみもない真面目な話をするのもな、と思ったけど、モネクが好きだって散々言っておいてスルーするのも不自然なので、私の思うところを書き残しておきます。

今回の騒動の中心にいるのはメンバーのウォノです。多少語弊があるかもしれないけど、いろいろ端折って本当に簡単に説明すると、次のような感じです。

半年前のサイン会での失言をファンに叩かれ、謝罪文を出す(これが新しいアルバムをリリースする直前のこと)。果てしなく微妙な空気の中、アルバムリリース、プロモーション活動を開始。ただでさえいつもと違う重苦しいスタートだったのに、2日後、ウォノのデビュー前の知人が「貸した金を返せ」とSNSに投稿して大炎上。翌日「これ以上メンバーに迷惑をかけたくない」と言ってウォノ脱退、という流れ。

マジで正直なところ、簡単にやめるな、お前は政治家かよ、と思った。本当に無神経ですまんけどそう思った。だって失言を叩かれてやめる政治家、近年やたら多くないですか。いや、さっさとやめてほしい政治家に限っていつまでものさばってるのに、むしろファンを大事にしなきゃいけないアイドルが早まって責任を取って脱退してしまった。ここまでの流れ、全部この一週間以内のことなんですよ。

10/25 サイン会での発言を叩かれる
10/26 ウォノ、ミニョク謝罪文を出す
10/28 アルバムリリース
10/30 知人による問題のSNS投稿
10/31 音楽番組出演後、ウォノの脱退発表

スピーディーにもほどがあるわ。

貸した金を返せ以外にも、ウォノはあることないこと言われていろんな疑惑がかけられているんですが、現状ではそれらが事実なのか、ウォノ自身が犯罪を犯してるのか、何も明らかになってません。犯罪の根拠があるなら事務所や本人に対して警察の捜査が入るはずだし、逆にそれがないなら犯罪行為はなかったと思っていいんじゃないですかね? 甘いかな?

しかも疑惑がかかっているのはすべてデビュー前のことです。彼が15、6才の頃(デビュー前)非行少年だったことは、本人自ら公表してるのでファンも周知の事実です。ウォノは当時のことを反省して、デビュー後はメンバーの誰よりも品行方正な生活をしていました。少なくともファンにはそう見えた。モネクはみんなあまりお酒を好まないみたいですが、その中でもウォノは「酔っ払って周りに迷惑をかけるのはみっともないから飲まない。飲みたくない」って言ってるんですよ。前園真聖と同じ考えやないか。

疑惑がすべて事実無根なら事務所の迷惑になろうがメンバーを巻き込もうが反論すればいいし、事実だとしたら全部はっきりさせた上で脱退なり引退なりすればいいと思うのよ。こんなことを言うと叩かれそうな気がするけど、疑惑のかかった状態で脱退なんてしたら世間からは逃げたと思われる可能性もあるし、あまりにも決断が速すぎたと言わざるを得ない。

ていうかウォノが「これ以上メンバーに迷惑をかけたくない」と言って事務所との話し合いの末に脱退、と発表されているので事務所がウォノの希望を聞いた感じになってるけど、これには大きな疑問があります。

まずメンバー同士で話し合った様子がないこと。あくまでも私の推測ですが、メンバー全員で話し合いの場が持たれていたら、ウォノがやめるなら俺たちもやめるって言う気する。モネクはそういう人たちだし、問題のSNSの投稿の翌日に脱退で全員の合意があったとは考え難い。だってウォノは去年のワルツでは「契約更新の時期が来てもみんな一緒に更新しよう。一生このメンバーでやろう」って言ってたし、今年のワルツでは「ファンのみなさんがいなかったら僕は抜け殻です」って言ってたし、一番やめなさそうな人がやめた。だから突発的な気の迷いっていうか、勢いみたいな感じがあって、余計にもやもやする。

それから、ウォノは脱退の翌日に事務所から契約解除されたので、事実上のクビです。つまり事務所が事実確認もろくにしないまま見捨てたみたいな形になってるわけです。ウォノは学校にはちゃんと通ってなかったみたいだし、普段の感じからしてもお勉強はあんまりできなさそう。だからそこをうまく利用されてんじゃないのかなって思ってしまう。しかも信じられないことにグループとしては今も絶賛プロモーション活動中。これだけ大騒ぎになってたら一旦活動休止とかするのが普通じゃないんですかね。事務所は何を考えてるんでしょう。

ちょっと話変わりますけど、今回の件で改めて嵐って本当によくできた人たちだなあって思うよ。モネクとは状況が違うけど、でも話し合って話し合って2年くらい話し合ってそれで活動休止を決めたわけですからね。そして実際に休止するのは発表からさらに約2年先ですからね。ファンはそりゃあ悲しいだろうし、どうして?って思うだろうけど、理不尽な脱退・解散を数多く見てきたK-POPファンからすれば、いや、嵐はめちゃめちゃやさしいよ。至れり尽くせりだよ。って思っちゃうよね。ちゃんと気持ちの整理をする時間が与えられてる。



今、モネクのファンはみんな全く納得してなくて、SNSを駆使していろんなところに呼びかけたり、ネット上で署名を集めたり、デモを起こしたりしています。私も情報収集のためにSNSを見てますが、怒り狂って罵詈雑言を吐いてたり、ご飯も喉を通らないくらいショックを受けてる人もいたりして、そういうのを見ると、すごいなって思うのと同時にちょっとしんどいなって思ってしまった。

私も納得はできてないけどそこまで必死になれないのは年齢のせいでしょうね。世の中はくそみたいに理不尽なことだらけだってことはもう身をもって経験してきたから、適当に受け流す術を心得てしまった。あんまり落ち込んでもいないのは、他にも好きなものがたくさんあってモネクだけに入れ込んでないからなんですけど、それが賢いのか薄情なのかは正直わからないね。だってこれ考えてみたらリスクヘッジよ。自分が一途な人間ではないってことが判明した。

とりあえず今は、ワンくんがついに2年半ぶりに音楽活動をするので楽しみ、アメトーーク!のNBA大好き芸人は超おもしろかったから定期的にやってほしい、ダブルベッドの犬飼くん&ロンちゃんはくそかわいい、マジでそろそろ『ジョーカー』が観たい。

そしてもしモネクが元通り7人で活動できるようになったら、世の中は捨てたもんじゃないって思う。