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気晴らし細論

2018年10月の記事

モネクのジャンプスーツについて考える 【『SHOOT OUT』と『Fighter』の類似性】


どうも、こんにちは。

モネクことMONSTA Xが2nd full album『TAKE.1 ARE YOU THERE?』をリリースしたので、本日はモネクのお話です(過去のモネク記事もあわせてどうぞ→「モネクはやっぱりシンソッキがいい」)。


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今回は、とてもいい。曲もMVも衣装もかっこいい。アルバムとしてもいい。特にタイトル曲『SHOOT OUT』のジャンプスーツの衣装は神がかってる(韓国の音楽番組あるあるだけど、酔いそうなくらいカメラが動くのと、背景や床のビジョンがやかましいのは改善してほしいですね。もっとシンプルに映してくれればいいんだよ)。




最初は、歌詞についてはそれほど特筆すべきこともないかなと思ったのですが、バリバリありました。

先日わたしは『不汗党』(2017)の記事を書きました。詳細はこちら→「コリアンポップノワール映画の原題には隠れた意味がある? 『名もなき野良犬の輪舞〈原題:不汗党(プランダン)〉』 」

あれから実はさらに3回観まして、もう尾を引きすぎてあかんことになってます。そんな不汗党脳で『SHOOT OUT』を聞いたら、完璧にジェホ → ヒョンスの歌詞じゃん……と思ってしまった。

「邪魔者になってしまった俺は君の前に倒れる」
「君は躊躇せずに行け」
「半分魂が抜けたまま重い足を引きずって歩く」
「俺のためにShoot-out 一発でShoot-out」
「今 君の口で終わりという言葉を俺の心臓に撃ってくれ」
「こんな地獄みたいな希望を終わらせてくれ」

すごい。今回の曲にはノワールが詰まってるぞ。

ここまで無骨な楽曲を発信してくれるグループって、他にはない気がします。大抵のKPOPアイドルさんは、キラキラ路線か、おしゃれ路線か、芸人路線か(え?)なので。モネクはどれかというと芸人寄りではありますが、デビュー以来の無骨なスタイルは今もきちんと貫かれていると確信しました。モネクおしゃれサウンドになるの巻もあったことにはあったんだけど、根幹はぶれてない。

はい。ではこれから本題に入ります(前置きが長くて申し訳ない)。

モネクは2016年から2017年にかけて、3rd mini album『THE CLAN Part.1 LOST』、4th mini album『THE CLAN Part.2 GUILTY』、1st full album『THE CLAN Part.2.5 The Final Chapter BEAUTIFUL』と、3作続きで「X CLAN」というものをテーマに掲げていました。CLANの意味するところは「一族」です。EXILE TRIBEみたいだね。

KPOP界ではここ数年、謎解きプロモーションがやたらと流行っていて、ファンのみんな!分析してくれよな!と言わんばかりにショートフィルムチックなプロモーション映像やMVをこぞって作っています。モネクさんもその時代の流れに乗っかり、このようなしゃらくさいコンセプトを採用したのだと思われます。

おそらく「X CLAN」は絶滅しかけている血族、あるいは同じ目標・目的を掲げる同志、何かしらの共通点を持って集められた青年たち、そんな感じのやつだったのですが、ふわふわしすぎてて結局よくわからないまま幕を下ろしました。というか、もはや幕が下りてるのかすらよくわからない。もしかしたらまだ終わってないのかもしれない。それくらいあやふや。

どういうことかというと、3部作のパート1、つまり3rd mini albumのタイトル曲『ALL IN』は一族というテーマがちょっぴりうかがえるショートフィルム仕立てのMVだったのに、パート2である4th mini albumのタイトル曲『Fighter』は、なんこっちゃわけわからん謎MVだったのです。制作側は、たぶんストーリーを構築するのを放棄したな。MV貼るね。



これは笑わずにはいられないでしょ。

『Fighter』はMVが謎すぎることに加えて、ダンスの振付がダサい、衣装がダサい、以上三拍子揃った非常にお粗末な活動でした。しかしですね、曲自体はすごくパワフルで、『Fighter』というタイトルの音楽は世に数多くあれど、その中でも一番じゃないの?ってくらいに「Fighter」っぽさが詰まっています。つまり私は『Fighter』が好きだし、この曲でこそジャンプスーツを着てほしかったよ、と声を大にして言いたいわけです。歌詞の内容はこんな感じ。

「君のためならどんなことでも耐えてみせる 覚悟したから」
「こんなに必死になったのは生まれて初めてなんだ」
「倒れても絶対に諦められない」
「俺の女神よ 勝利をもたらしてくれ」

パッと見ではただのラブコールかもしれないけど、比喩だとしたらどうでしょう。「君」は「女神」と言い換えられてもいるし、恋人のような近しい存在でなくてもいいはず。憧れの人、自分の指針になる人、メンター、そういう人が女性であれば、「俺の女神」と表現するのは少しも不自然じゃない。それから、たびたび歌詞に「champion」という単語が登場するのですが、これは「優勝者」という意味だけでなく「擁護者、推進者」という意味もあるし、動詞としても同じような「擁護する、支持する」という意味があります。

そんなわけで、ボクシングや格闘技のような肉体を駆使する物理的な戦いではなく、何らかの運動という意味での闘いを描いてもよかったのでは? と個人的には思っています。例えば、かのガンジーやキング牧師が先導した暴力に訴えない権利闘争みたいなものとか。あるいは抵抗運動をするレジスタンスのような。

MVは、メンバーの誰か(複数名でも、あるいは全員でも)が何かの組織に捕らえられて、尋問や拷問を受けても決して屈さず、仲間を売らず、何度でも立ち上がって最後に隙を見て脱出っていうストーリーにしたらよかったのにね。というか『SHOOT OUT』のMVはそのまま『Fighter』のMVとしても行けるよな。






ちなみに、以前『ズートピア』(2016)のオマージュの話をちらりとしましたが(こちらの記事参照→「美青年は永遠だ【90年代キアヌ・リーヴス&盟友リヴァー・フェニックス編】」)、『ALL IN』と『Fighter』のMVにも、絶対『ズートピア』を意識してるでしょっていう要素があります。

『ALL IN』ではメンバーが青い花から精製した液体を飲むシーンが、『Fighter』ではその青い花を栽培している場所の映るシーンがあります。これ、『ズートピア』に登場する「夜の遠吠え」を栽培してるところにそっくりなんだよね。『ズートピア』の公開は2016年2月、『ALL IN』のMV公開は同年6月、『Fighter』のMV公開は同年10月です。たぶんオマージュなのはほぼ間違いない。


名誉や権利、未来のために命をかけて闘うみたいなやつ、個人的にすごく好きなので、モネクにはずっとこの路線で行ってほしい(でもやっぱり一番好きなのはシンソッキ)。

2回押し通るアシタカ 『もののけ姫』


どうも、こんにちは。

本日は、今週金曜日10/26の金曜ロードショーで放送予定の『もののけ姫』について取り上げます。過去何度もテレビ放送されてるし、みんな大好きジブリ作品ですので、観たことのある方はたくさんいらっしゃると思います。一方で、内容がちょっとグロかったりして、避けて通ってきた方も結構いるようです(個人調べ)。

私はジブリの中で『もののけ姫』が一番好きだし、むしろ映画の中で一番好きと言ってもいいくらいなので話したいことは山ほどあるのですが、本日は「ここがかっこいいよアシタカ」というテーマでライトにいきたいと思います。というわけで、観たことある人も、観たことない人も、もう一度楽しんでみよう。


もののけ姫(1997)

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15世紀頃の室町時代の日本。エミシの末裔の青年アシタカ(松田洋治)は、突如村を襲った大きな猪神〈タタリ神〉を仕留めた際、右腕に死の呪いを受けてしまいます。呪いを解くため、アシタカは村を出、タタリ神の足跡を辿り遥か西の国を目指します。暮らしを豊かにするため森を破壊するタタラ場の人間たちと、彼らのせいで生きる場所を失いつつある獣たちの争いが起きているその地で、アシタカは人間でありながら山犬と行動を共にする少女サン(石田ゆり子)に出会います。


アシタカがタタリ神から受けた死に至る呪いは、彼の命を蝕むと同時にすさまじい怪力を与えています。アシタカは生まれ持った身体能力の高さもあって、もはや人知を超えたハルクと化しています。この呪いの怪力を示すシーンとして有名なのは、タタラ場の大きな門(タタラ場の人いわく、10人がかりで開ける門)を、アシタカが腹を打たれて血を滴らせている状態で、周囲の「いけねえダンナ、死んじまう!」という真に迫った制止も意に介さず、たった1人で開けてしまうところでしょう。画としても展開としてもインパクトがありすぎるので、おそらく一度でも観たことのある人はみんな覚えているはず。

しかし、アシタカの怪力は随所で描かれております。以下に列挙しますので、どうぞご査収くださいませ。


・呪いによって暴走する右腕を生身の左腕で止めるアシタカ
タタリ神を生み出した原因がタタラ場の女頭領エボシにあるとわかり、呪いのかかっているアシタカの右腕は、本人の意思に反して鉈の柄へ伸びます。鉈を抜いてエボシに襲いかからんとするその右腕をアシタカは左腕で必死に止めるのですが、怪力を止める左腕、普通に考えてすごくない?

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・家の屋根の一部をひっぺがすアシタカ
エボシに恨みを持つサンは、ある時1人でタタラ場へ乗り込んできます。エボシはタタラ場のみんなから慕われているので、もちろんサンは四面楚歌の状況です。そんなサンを助けるため、アシタカとった行動のひとつがこれです。緊急事態とはいえ、人様の家を勝手に破壊するアシタカ。屋根の部材である丸太を投げる荒技。


・ゴンザの太刀を曲げるアシタカ
アシタカは自分の制止を振り切ってエボシに向かっていったサンを追いかけますが、エボシの側近であるゴンザが邪魔をします。「どいてくれ」と低い声で凄みをきかせるところ、要注目ポイントです。声がかっこよすぎていつも巻き戻してしまう。そしてこの後、対峙するエボシとサンの間に入り、左手の鉈でエボシの刀を受け、右手でサンの手首を掴み、いとも簡単に二人を止めるアシタカの猛々しさ(サンとアシタカの手の大きさと日焼け具合による色の違い!)。


・土手っ腹に穴が開いた状態でヤックルから落ちても死なないアシタカ
瀕死の状態でタタラ場から脱出し、ヤックル(アシタカの相棒のエゾシカ)の背に乗りますが、アシタカはもう意識が朦朧としています。やがてバランスを崩してヤックルに捕まる力もなく頭から地面に落ちる。

いや、死ぬだろ。

結果的には一緒にタタラ場から出たサンの手で森に運ばれ、シシ神の助けも借りて一命を取り留めます。かなり重症だから一刻を争うと思うんですけど、サンは結構のんびりしてるし、アシタカよく助かったな。この生命力も呪いのおかげなのでしょうか? ちなみに名セリフすぎて若干一人歩きしている感のある「生きろ。そなたは美しい」は、ヤックルから落ちて地面に転がった後で繰り出されます。自分が死にかけてる状態で言うのがね、すごいよね。


・自分に飛んできた矢を素手でキャッチするアシタカ
劇中で一番かっこいいアシタカかもしれません。飛んでくる矢を素手でキャッチってだけで充分やばいけど、即座にその矢を自分の弓につがえて放つところまでがセットです。しかも見事命中。

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ジブリのすごいところは、主人公が人を殺してしまうところですね。舞台が戦国時代真っ只中ということで、アシタカは個人的な恨みはないけど侍や足軽の命を奪ってるし、『風の谷のナウシカ』でもね、ナウシカさんは実は5人くらいやっちゃってます。


・病み上がりで日没前から日の出までひたすら走り続けるアシタカ
土手っ腹に穴が開いた瀕死の重症から復活したまさにその日、タタラ場と森の争いが激化してしまってアシタカもその渦中へ入って行きます。病み上がりってかなり体力落ちてるはずなんだけどね、一日中ほぼ走り通しです。アシタカは体力モンスター。


アシタカの超人的な怪力とかっこよさを感じていただけましたでしょうか。


ところで、アシタカの声を演じている松田洋治さん、この人すごすぎるよ。セリフひとつひとつの声が全然違う。声にそんなに感情って込められるものなんですねってくらい使い分けがすごい。例えばアシタカがヤックルに乗って「押し通ーーる!!!」と宣言して華麗に戦の中を突っ切って行くシーンが2度ありまして、それぞれ言い方が違うんですよ。私は2回目の「押し通ーーる!!!」のほうが好きです(細かい)。

そしてサンの声を演じているのは奇跡のアラフィフこと石田ゆり子です。ゆり子さんはちょっと下手だけど、サンは森で暮らしていて人との関わりが極端に少ないので、ぎこちないくらいでいいのかなと思う。ただ、もし今レコーディングするなら絶対に満島ひかり。ぴったり。なんなら舞台とかやってくれてもいい。年齢を考慮するならば松岡茉優ちゃんもいい。彼女ならうまいことやってくれる。私は茉優ちゃんを信頼している。


さて、米良美一が歌うあの有名な主題歌は、サンの育ての親である山犬のモロとアシタカが話すシーンで流れます。モロは人間を許せないながらもサンを愛しく思っていて、アシタカは森と人間が共存する道を探り、サンと手を取り合って生きていきたいと願っています。立場は違えど、それぞれサンを思う気持ちがある二人の非常に重要で胸アツなシーン。

モロ「つらいか……そこから飛び降りれば簡単にケリがつくぞ。体力が戻ればアザも暴れ出す」
アシタカ「私は何日も眠っていたようだな。夢うつつにあの子に世話になったのを覚えている」
モロ「お前がひと声でもうめき声をあげれば噛み殺してやったものを……惜しいことをした」
アシタカ「美しい森だ。乙事主はまだ動いていないのか」

お互いの言ってること丸無視。

コントやってんすか? ってくらい会話が噛み合ってない。まあ、話すうちに徐々に互いの本音をぶつけるわけなんですけれども、この噛み合わなさ具合がすごく好きでですね、私は劇中で主題歌が流れ始めるとわくわくしてしまう。




ここまでお話してきた『もののけ姫』もそうですが、実は1997年の映画ってすごいんですよ。『タイタニック』、『グッド・ウィル・ハンティング』、『ガタカ』などの名作をはじめ、人気シリーズ『メン・イン・ブラック』の1作目、ジョン・トラヴォルタとニコラス・ケイジの渋すぎる共演『フェイス/オフ』、それから巨匠ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』や、邦画のサスペンススリラージャンルで一際異彩を放つ『CURE』など、ものすごい豊作の年。豆知識。



10/26が楽しみ、と言いたいところだけど、DVD持ってるんだよな。

グローバルで底抜けに愉快な三部作 『スパニッシュ・アパートメント』『ロシアン・ドールズ』『ニューヨークの巴里夫』


どうも、こんにちは。

本日はセドリック・クラビッシュ監督による青春三部作と呼ばれる作品をご紹介します。フランス映画って往々にして退屈でぶっとんでいるイメージがありますけれども、こんなに退屈しない愉快な作品もあるんだなと思いました。


『スパニッシュ・アパートメント』(2002)

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フランス人の大学生グザヴィエ(ロマン・デュリス)は、のちの就職のために経済学を学ぼうと、スペインへの1年間の留学を決意します。当初は母の知人の家に下宿する予定でしたが全くあてにならず、結果的にグザヴィエが辿りついたのは、ヨーロッパ各国から集まった留学生たちが共同生活をするアパートでした。グザヴィエはスペインの地で出会った彼らとともにドタバタの1年間を過ごします。


三部作の始まりとなる『スパニッシュ・アパートメント』における同居人は、以下のメンバーです。

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上段左から
主人公のグザヴィエ
イギリス人のウェンディ(ケリー・ライリー)
デンマーク人のラース(クリスチャン・パグ)
ベルギー人のイザベル(セシル・ド・フランス)
スペイン人のソレダ(クリスティナ・ブロンド)
イタリア人のアレッサンドロ(フェデリコ・ダナ)
下段右から
ドイツ人のトビアス(バーナビー・メッチュラート)
ウェンディの弟ウィリアム(ケヴィン・ビショップ)※彼は遊びに来ているだけで留学生ではない


アパートでは文化の異なる7カ国から集まった7人が不思議なほど仲良く暮らしています。お互いの違いにはあまりフォーカスせず、共感できる部分だけを共有している彼らの生活は、どこにでもあるシェアハウスと同じ。例えばバスルームの使い方が汚い男性陣に対し、ウェンディが「いつも私が掃除してるんだけど!」と物申したり、一方でウェンディの弟ウィリアムがアパートに長期滞在し、彼の非常識ぶりにみんながうんざりしたり(みんなが辟易しているのは身内を長期滞在させていること自体ではないのが欧米的)。

このウェンディというのがなかなかトラブルメーカーなところがありまして、ウェンディにはイギリスに彼氏がいるのですが、留学中に知り合った男と浮気をしています。その浮気相手をアパートに連れ込んで(同居人たちは大概みんな恋人やそれに準ずる人を連れ込んでいる)よろしくやっていたところ、本命の彼氏がイギリスからサプライズでやってくることになり、ウェンディよりも先にそれを知った同居人たちは、自分の用事を放り出してウェンディを助けるために全力疾走。

この時のみんなの一致団結具合な。

そんなのほっとけよ、みたいな奴が一人くらいいてもおかしくないのに、明日は我が身とばかりに全員が必死の形相でウェンディの浮気の隠蔽工作に走るのがいかにも学生って感じです。かくいうグザヴィエもフランスに恋人マルティーヌ(オドレイ・トトゥ)を置いてきてスペインでいろいろ遊んでいる勉強しているので、身につまされる思いだったのでしょう。

さて、どこにでもあるシェアハウスと同じと申し上げましたが、やはり多国籍シェアハウスならではの一風変わった部分もあります。同居人たちは英語とスペイン語で会話しますが、他の言語はわからないので、固定電話のそばにそれぞれの国の言語で挨拶と取り継ぎのあんちょこが貼ってあります。故郷の親や友達から電話がかかってきた時のために「今○○は外出しているので、後ほど折り返し電話させます」みたいなことが書いてあります。ただ、その通りにしゃべってもなかなか通じなかったりする。

言語の問題という意味では、グザヴィエたちが留学しているバルセロナでは主にカタルーニャ語が使われていて、大学の講義ももれなくカタルーニャ語です。カタルーニャ語はいわゆる標準語とされるスペイン語ではなく一種の方言なので、留学生には少し理解が難しいわけです。そこで留学生の一人であるイザベルが「標準語で話してほしい」と直訴しますが、教授には「標準語で授業を受けたいならマドリードに行け〜」と一蹴されてしまいます。

ちなみにグザヴィエら留学生は「エラスムス計画」というEU加盟国における大学間の共同教育プログラムを利用しています。留学先の大学で学んだ分がそのまま自分のところの大学での単位に換算されるよ、ってなシステムなのですが、そういうヨーロッパの教育事情も作品を通して知ることができます。



『ロシアン・ドールズ』(2005)

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『スパニッシュ・アパートメント』から5年後、舞台はイギリス・ロンドンとロシア・サンクトペテルブルクに移ります。ウェンディの弟ウィリアムが劇的な成長を遂げています。

かつて「ドイツ人ってナチスだろ〜」「スペイン人ってこういうところあるよな〜」とアパートの同居人全員を黙らせてしまうアンポンタン発言を繰り返していたウィリアムでしたが、彼はロンドンに巡業に来ていたロシア人バレリーナに一目惚れし、1年間ロシア語を習った後に彼女の住むサンクトペテルブルクにプロポーズをしに行くというまさかの成長っぷり。彼の結婚式に出席するため、5年ぶりにみんなが再会します。

ウィリアムがクソガキから立派な大人になった一方で、グザヴィエは未だに燻っています。グザヴィエは特別イケメンじゃないし、ガツガツのギラギラってわけでもないんですが、もともと彼は結構なクズ男でですね、やれたかも委員会なんてお呼びじゃないくらいにやれそうな女はシリーズを通して成功率100%の勢いで手を出してるんですよね。

2作目はそれがはっきりと現れています。タイトルの『ロシアン・ドールズ』は、つまりマトリョーシカなわけですが、これまで自分が出会ってきた女の子たちをマトリョーシカに例えて「この人じゃない。この人も違った。自分にとっては誰が最後の人なんだろう」と煩悶するというものすごいプレイボーイな一面を発揮しています。



『ニューヨークの巴里夫』(2013)

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『ロシアン・ドールズ』からさらに10年後、今度はニューヨークに舞台を移し、40歳になったグザヴィエの人生はさらにカオス度を増しています。

結婚し、2人の子供をもつ父親となったグザヴィエでしたが、結婚10年目にしてあえなく離婚。しかも元妻は子供もろともパリからニューヨークへ移住してしまいます。子供達と会えなくなるなんて考えられない!ということでグザヴィエもニューヨークへ行くことを決意しますが、これが波乱の幕開けです。観光ビザで入国したので、すぐにでも仕事を見つけなければならない。でも観光ビザでは正規の就労はできない。そんなジレンマの状態でグザヴィエが選んだのは、アメリカ人女性と偽装結婚すること。嘘だろ。

その他にもグザヴィエを取り巻く環境は複雑さを増す一方で、3作目は前2作の乱雑さを上回ってより一層しっちゃかめっちゃかです。これはグザヴィエ本人もよく自覚しており、一応作家である彼は「難問」というタイトルの小説を書いているほど。しかし元カノのマルティーヌはグザヴィエの現状を目の当たりにしても「あなたの人生ってそんなに複雑? みんなそんなもんでしょ」とあっけらかんと言い放つのです。いや、充分すぎるほどカオスな人生だよ。

先述しました1作目の同居人たちによるウェンディの浮気隠蔽工作連携プレーとよく似た場面が、3作目にも登場します。ただし事態は1作目の単なる浮気とは比べものにならないほど深刻で、みんなの必死具合と機転の利きのキレキレ具合がまたおもしろい。

3作目はグザヴィエが留学で身につけたスペイン語が役に立ったり、イザベルとの友人関係が唯一無二のものになっていたり、締めくくりにふさわしい様々なエピソードが登場します。一番注目すべきはグザヴィエの息子のトムですね。彼はめちゃくちゃものわかりが良くて親よりよっぽど大人です。グレずに育ったら奇跡。しかもイケメン。



このシリーズではほとんどのキャラクターが2つ以上の言語を操っているので、自分も簡単な英語くらい話せるようにならなければ、と思わされます。3作目でグザヴィエが自分の拙い英語力に若干弱気になるシーンがあるのですが、ただ肩を落とすだけでは終わらない。きっちり笑いのポイントにしているのがこのシリーズの真骨頂です。

きっと留学経験のある人は「あるある〜」「懐かしい〜」と思うだろうし、日本にしか住んだことのない人は海外生活っていうのも案外なんとかなるのかもしれない、と思うはず。

コリアンポップノワール映画の原題には隠れた意味がある? 『名もなき野良犬の輪舞〈原題:不汗党(プランダン)〉』


どうも、こんばんは。

つい先ほど観たばかりの作品をご紹介します。いま興奮が冷めやらぬ中でこの記事を書いています。これは、バイオレンスものが平気な人は、みんな観てくれ。絶対おもしろいから。



名もなき野良犬の輪舞(2017)

プランダン

犯罪組織の一員であるジェホ(ソル・ギョング)は、刑務所で知り合った血気盛んな若者ヒョンス(イム・シワン)を気に入り、彼に窮地を救われたのをきっかけに、弟分として目をかけるようになります。これまで他人を信用せずに生きてきたジェホですが、出所後は二人で手を組み、組織を乗っ取ろうとヒョンスに持ちかけます。しかし、実はヒョンスは麻薬取締の潜入捜査官として送り込まれた刑事でした。


韓国ノワールはある種ブランドとして世界的にも評価されておりますが、得てして暗い。しかし、本作は一味も二味も違います。血が出るどころか、拷問的なシーンまであるし、この手の作品においてお決まりのF○○Kワードを男も女もみんなどんだけ言うねんっていうくらい言い散らかしていますので、ノワール映画なのは間違いございません。

でも暗くない!!!!!

いやもちろんストーリーが明るいわけはないのですが、ハリウッド的と言うのか、ポップな仕上がりです。カット割が独特で、音楽の入り方・使い方もいい。メイキングを見たところ、監督やスタッフが若くイケイケな感じだったので納得しました。監督は今までとは違う韓国ノワールを目指したと言っていたし、達成できていると思います。

それから脚本もね、めちゃくちゃよく練られてる。実際に観てそのすごさを感じてほしいので、極力ネタバレは避けたいのですが、予告映像からも読み取れる範囲でね、ちょろっと魅力を3つほどご紹介させてください。



その①潜入捜査官が自分の正体を明かすのが早い

本作は120分の作品なんですけれども、この手の話は、正体がバレるのは早くてもせいぜい100分くらいのところじゃないですか。それで最後はどっち側につくのか、っていうのが物語のクライマックスですよね。ところがどっこい。

本作は60分足らずで正体明かしちゃう。しかもね、刑務所の中で明かしちゃってるから、まだ組織に本格的に潜入する前なんだよね。これによってヒョンスが警官であることを承知した上でジェホも一緒になって組織を騙すのかどうなのか、二重スパイなのか、三重スパイなのか、まったく展開が読めなくなります。はい、おもしろい。


その②時系列がぐちゃぐちゃで過去と現在を何度も行き来するけど、非常にわかりやすい

これめちゃくちゃすごいよ。大抵の作品は、途中で迷子になっちゃって、もう一回観返さないとすっきりしないものが多い。でも本作は一回ではっきり理解できる。シーンが切り替わると、時期をテロップやセリフで必ず明示してくれる親切設計。こんなにわかりやすい作品は観たことがない。


その③殺しに使う凶器についての伏線

冒頭で、ジェホの仲間であるビョンガプが「人間は罪悪感によって人を殺すシステムを進化させた」というようなことを言っています。石器時代は石で殴り殺し、青銅器時代に入るとナイフや斧で刺し殺し、現代は銃で射殺する。銃は罪の意識を薄れさせる。つまり、殺害方法が原始的になればなるほど、殺す側の人間には罪悪感が残るということなんですね。このセリフが終盤で一気に回収されていきます。ラスト超しびれた。

以上でございます。

潜入捜査によってヒョンスが警察側の人間に憤りを募らせていく様子や、それによって精神が荒んでいく様子は、同じ韓国ノワール作品の『新しき世界』(2013)よりもリアリティがあります。『新しき世界』は、主人公のバックグラウンドが明かされなさすぎて、何のための捜査なのかよくわからなかった。本作は、ヒョンスが潜入捜査をしなければならない理由も、そこから抜け出せなくなる理由も、あの結末に至る理由も、きっちり描かれています。計算された脚本に惚れ惚れする。



さて、ここからはキャラクターの話を少々。

主人公はジェホということでいいのかな。ジェホ役のソル・ギョングがイケオジですっげえかっこいい。品がよくてね、とてもヤクザには見えない(実際、麻薬の密売で成り上がったという設定なので、ガチヤクザではないらしい)。でもヒョンス役のイム・シワンがもっとすごいよ。びっくりだぞ。さすがKPOPアイドル界きっての演技派シワン。出演作は初めて観た。

ヒョンスは劇中で「女みてえなツラして」と言われるシーンがあったりして、一見すると童顔で世間知らずのなよっとしたおぼっちゃん。でも実際は腕っ節が強く、憎たらしいほどに肝っ玉がすわっている。「女みてえなツラして」と言った奴の手には無表情で千枚通しをぶっ刺します。これが潜入捜査官としての演技なのか、ヒョンスの素なのかは不明ですが、やさしい顔つきからは想像もつかないバイオレンスな言動を繰り出す男くさい青年をシワンが見事に演じきっている……。

余談ですが、シワンは角度によってPENTAGONのフイにも見えるし、NCTのウィンウィンにも見えるね。シワンの方が年上でデビューも先だけど。

話を戻します。ジェホとヒョンスは10歳以上、下手したら20歳くらい年の差があります。普通のヤクザの上下関係だったらこの年の差ではヒョンスがジェホに絶対服従になりますが、彼らは受刑者として知り合っているので、スタートが同じラインなわけです。ヒョンス、ジェホにめちゃくちゃタメ口きいてる。ジェホもまんざらでもなさそう。儒教のお国の裏社会で一風変わった関係ができあがっている。



では最後にタイトルについて物申させてください。またしても持ち上がる「センスのない邦題は誰が付けてるの問題」です。

原題は『불한당〈不汗党〉(読みはプランダン)』で、簡単に言えば悪党、ごろつき、ならず者、というような意味です。邦題はさ、『無頼漢』とかじゃダメだったのかな。プランダンとぶらいかん。音も近いし悪くないと思うんだけどね。だって、本国のポスターの筆で書いたようなフォントのほとばしる感じ、すごく無骨じゃん。

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それから「불한당(プランダン)」という単語についてもう一つ。序盤、刑務所でヒョンスがジェホを助けた後、なぜ俺を助けたのかと問うジェホに、ヒョンスはこう答えます。

「母さんが困ってる人には手を差し伸べろと」

「우리 엄마가 불쌍한 사람이 있으면 모른적하지말고 돕고살라 그랬어요 .」
(ウリオンマガ プルッサンハンサラミイッスミョン モルンチョッカジマルゴ トプコサッラ クレッソヨ)※トプコサッラのあたりは自信ないので正確でない可能性あり

困ってる」と訳されているのは「불쌍하다(プルッサンハダ)」という単語です。直訳すると「かわいそうな、哀れな、気の毒な」という意味です。ソースがはっきりしないので確かなことは言えないのですが、原題に使われている「불한당〈不汗党〉(プランダン)」という単語は、この「불쌍하다(プルッサンハダ)」が語源らしいという情報をネット上で目撃しました。もしこれが本当なら、哀しい人って意味にもなりますやん……。

軽く震えた。

韓国語わかる方、ご連絡お待ちしております。





ところで、刑務所でじゃんけんをしてる時の掛け声が、思い切り日本語で「じゃんけんぽん!」だったんだけど、なんで?

風の谷のアン in 世紀末火サス 『死の谷間』


どうも、こんにちは。

本日取り上げるのは、なかなか骨太な作品です。後半は若干のネタバレも含みながらお話したいと思います。


死の谷間(2015)

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核によって荒廃した世界で、放射能汚染を免れた谷に暮らすアン(マーゴット・ロビー)は、愛犬とともに孤独に耐えて生きていました。ある日、アンは自分以外の生存者を発見し、様子を窺います。谷の外からやってきたジョン(キウェテル・イジョフォー)は、汚染された滝壺で水浴びをし体調を崩しますが、アンの懸命な介抱によって徐々に回復。二人で共同生活を始めた折、さらにもう一人の生存者ケイレブ(クリス・パイン)が現れます。

汚染を免れた谷。たくましく生きるヒロイン。男2人女1人の三角関係。

風の谷のアン in 世紀末火サスでございます。

しかし、核汚染された世界が舞台の作品、多すぎませんか(つい先日も取り上げた作品でも核戦争起きてました→「イギリス版 僕らの勇気未満都市 『わたしは生きていける』」)。



本作の登場人物は三人のみです。潔さがすごいです。マーゴット・ロビー、キウェテル・イジョフォー、クリス・パイン、全員が名のある俳優なので、バチバチの演技をしています。キャラクターを簡単に説明しますと、火曜22ドラマのヒロイン、モテないおっさん、無神経男って感じです。

ヒロインのアンは、強くたくましいけど人が良すぎて、見てて心配になっちゃう感じ。しっかりしてるけどちょっとどこか抜けてるという意味で火曜22ドラマのヒロインです。演じるマーゴット・ロビーは劇中ほぼずっとすっぴん状態なのですが、彼女はすっぴんくらいがちょうどいいですね。だって、マーゴット・ロビーほどお顔のゴージャスな人、見たことなくないですか? 化粧ゴリゴリだと顔面の迫力が強すぎて圧倒されてしまう。

↓参考画像
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キウェテル・イジョフォー演じるジョンは、アカンおっさんです。自分に自信がないのに嫉妬深い上にヘタレ。元科学者で、機械を修理したり、滝の水で水力発電しようぜ!と意気揚々と水車を作ったり、スキルは非常に高いものがあるんですけれども、まあモテない性格してる。ていうか、まず登場シーンよ。荒廃した世界を歩いてきたので、谷で川を発見し、テンション上がって水浴び。しかし実はこの川の水源は谷の外で、汚染水だったので体調崩してアンに世話される。すっごいマヌケ。

そしてクリス・パイン演じるケイレブは、それ冗談でも許されないよ、みたいな発言しちゃう空気読めない男です。世が世ならクラブで夜な夜な女をひっかけるチャラさを醸していますので、そりゃあジョンのような研究職のヘタレ男には嫌われるでしょう(クリス間違いしないように、念のためこちらの記事リンクを貼っておきます→「洋画好きのための用語集【その1】」)。

さて本作の見所は、何と言ってもジョンのアカン警察ホイホイ具合ではないかと思います。先ほど少々申し上げましたように、ジョンはモテない要素を詰め込んだキャラクターなのです。ジョンとアンは共同生活をしていくうちに徐々に心を通わせ、距離を縮めていくのですが、ちょうどそんな時にケイレブが登場。ジョンはアンを呼んで小声で言います。

「俺のことは気にしなくていい。君は自由だ。白人同士で仲良くやってくれ。俺は大丈夫だから」

なんでやねーん。卑屈すぎィー。アンはジョンに対して黒人がどうとか一言も言ってません。それどころか少なからず好意を寄せているわけなので、「??????」という感じで、キレるというよりも呆れ果てて、やってらんねーわとばかりにその場から去ります。

しかもこんなことを言っておきながら、三人で池(きれいな湧き水)に入った時、アンとケイレブが同時に潜ってなかなか上がってこないことに勝手に不審感を抱いたジョンは、帰り道で唐突に「君が好きだ」とアンに告白するのです。これだけでもすでにかなりお前どうした案件ですが、気持ちの通じ合った二人が帰宅してようやく結ばれるか?となった時、ジョンはまさかの寝落ち。これに絶望したアンは、一時の気の迷いでケイレブのもとへ行ってしまう(さもありなん)。そして翌朝、ごく自然な仕草でアンの頭を撫でるケイレブを、ジョンはジト目で見る。

いや、自業自得よ。

なんてみじめなおっさん。落涙を禁じえない(しかし同情はしない)。おっさんたるもの、内心は激しい嫉妬の炎が燃えていようとも、余裕な態度でいてほしいものです。


結末は観る人によって捉え方が異なると思います。私は嫉妬心むき出しのジョンが一方的にケイレブを敵視しているだけのように見えたのですが、最後ケイレブがちょっと笑ってたのが気になりました。

無難を突き詰めるとおしゃれになる 『さよなら、僕のマンハッタン』


どうも、こんにちは。

秋の夜長にぴったりのアンニュイ作品、と言いたいところですが、89分しかないのですぐに終わります。0時に観始めても1時半には終わる。


さよなら、僕のマンハッタン(2017)

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大学卒業を機に一人暮らしを始めたトーマス(カラム・ターナー)は、ある日、アパートの隣人である親ほどに歳の離れたW.F.ジェラルド(ジェフ・ブリッジス)と知り合います。友人のミミ(カーシー・クレモンズ)との煮え切らない関係に歯がゆさを感じていることを言い当てられ、トーマスはその風変わりな隣人から様々な人生のアドバイスを受けることになります。

冒頭から文学的アンニュイが全開です。苦手な人はたぶんソッコーで眠くなるけど、私はこういうのに弱いのでテンションぶち上がりました。

主人公トーマスは人には言ってないけど作家志望。出版業の会社を営む父も、若干精神を病んでいる母(ありがち)も、若い頃は作家志望。隣に越してきたオヤジは実際に作家。次から次へと飛び出すしゃらくさいセリフ。そしてこういう作品にイェイツとブラームスは必須なんか? というくらいに必ず登場してくる。特にブラームスは、知ってるとツウぶれる音楽家第1位という発表でもあるのかというくらいに、映画に小説に、あらゆる作品に顔を出してくる。

トーマスは「ニューヨークは商業主義に負けた」「今はフィラデルフィアがアツい」などと批評家気取りで一丁前に申しており、それ誰の言葉だよと周囲に眉をひそめられても「©オレ。何か?」と尊大な態度を変えません。他にも「ウォーホルと撮った写真が見つからないのよ!」とヒステリックに叫ぶ母は、写真を探し疲れて「世界で一番長い距離は現実と理想の間」と煙草をふかして遠い目をします。

もうすでにおもしろすぎない?

トーマスは自分が過去に書いたエッセイを父に「無難だ」と評価されたことを根に持ち、事あるごとに意趣返しのごとく「無難だ」と言って反発しています。これがなかなか皮肉が効いている。ちなみにこの「無難だ」というセリフ、実際は「serviceable」と言っているのですが、ナイスな訳だと思います。

夢を持ちながら燻っている主人公、友達以上恋人未満の相手、関係はすでに終わっているらしい両親、突如現れた父親の魅惑的な不倫相手、主人公を導くストーリーテラーの存在、設定は基本的にありきたりなんですけれども、先述したように89分と大変コンパクトでテンポよく進むので、人間関係はこのくらいわかりやすくてちょうどいい。

ミミとトーマスのなぜか雨のシーンとか(観てもらえれば一発でわかる)、いわゆる映画の "よくあるやつ" が演出で多用されているのですが、監督は間違いなく狙っていると思います。それこそ「無難だ」の意趣返しかもしれない。"よくあるやつ" ばっかりでも、セリフと展開次第でおもしろくできるということかもしれない。

ただし作品タイトルはよろしくない。原題は『The Only Living Boy in New York』で、これは挿入歌として使われているサイモン&ガーファンクルの曲タイトルであり、劇中で登場するW.F.ジェラルドの著書のタイトルでもあります(「ニューヨークの少年」と訳されている)。ラストでも別に主人公はマンハッタンと決別しない。原題そのまま使えよ。


では、最後に一つ。


カラム・ターナー!!!!!!

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ぼっとした冴えない青年かと思いきや、意外とごりごりのイケイケな行動をするトーマス。普段着ださいのに、スーツ着たら一気に冴え渡るマジック。認める。かっこいい。ファンタビの主人公ニュートの兄、テセウス役で出演するそうなので、俄然興味が湧いています。




『(500日)のサマー』(2009)はつまらなすぎて爆睡したので結末を知らないのですが(おい)、他のマーク・ウェブ作品はもれなく好きなので、たぶん私はマーク・ウェブ好きです。