牙は研いでも詰めが甘い 『ヘルドッグス』
どうも、こんにちは。
潜入捜査モノが好きな身としては結構楽しみだったのだけど、期待していたのとなんだかちょっと違いました。ネタバレあります。
ヘルドッグス(2022)

元警官の兼高(岡田准一)は、警察との取引により関東最大のヤクザ組織である東鞘会(とうしょうかい)へ潜入することになります。課された任務は、東鞘会の若き組長・十朱(MIYAVI)が持つ秘密ファイルを奪取すること。兼高は東鞘会の中でも一、二を争う凶暴性を持つ室岡(坂口健太郎)とバディを組み、組織内で急速に力をつけていきます。
私の思う潜入捜査モノの魅力というのは、結末までどう展開するか全く読めないところです。潜入捜査というと、大抵は正義感に溢れた警察官がヤクザ組織に潜入するものと相場が決まっているので、潜入期間が長くなるにつれて敵であるはずの連中に情が生まれてしまったり、逆に仲間であるはずの警察がヤクザ以上に黒いことやってるのが発覚して不信感を抱いたり、そういう様々な葛藤の中で主人公がどういう選択をするのか、脚本とキャラクターの性格次第で如何様にも変わるのがおもしろい。最終的には予定通りヤクザ組織を潰すのか、警察を裏切ってヤクザ側につくのか、そして主人公の正体はバレるのかバレないのか、死ぬのか生き残るのか、いずれにしてもハッピーエンドはありえないだろうというハラハラドキドキ感が大好きなの。
でもヘルドッグスはその前提がすでに違ってた。まず主人公の兼高(出月)がすでに警察を辞めて私刑みたいなことをやっているので、その罪を見逃す代わりに警察に協力しろや〜というような、ある種の脅迫ではあるけど兼高にとっても一応旨味のあるwin-winな仕事なのよ。だから兼高の潜入は正義感や罪悪感や警察への不信感みたいなものとは無縁だし、というかそもそもジュンイチオカダが強すぎるので兼高が死ぬことはないなという感じ。無双一択。
そんなわけで期待していたハラハラドキドキとは早々にオサラバし、何やら仲睦まじい様子の兼高と室岡の師弟関係やアクションを楽しむことにした。アクションは最高。何度でも見たい。しかしどうにも兼高のキャラが掴めずあまり入り込めなかったし、なんかいろいろツッコミどころ多かったよね。
①兼高って結構ツメ甘いよね
十朱に兼高の潜入は完璧だったと評価されてたものの、私の目にはとてもそうは見えなかったのだが。その1、かつて自分が勤務していた交番を見つめていたせいで元同僚に声かけられ、それを組の連中に見られてたのがきっかけで正体バレる。その2、自宅に警視庁の阿内を招き入れ、エミリと鉢合わせてあわや万事休す。うん。どこが完璧なんだ? また、華岡組のところに乗り込む直前、服に血がべっとりついてる兼高とエミリの「怪我したの?」「返り血だ」なんて会話にもヒヤヒヤした。そんな甘い声で話してたらお前らの関係モロバレだろう。
③東鞘会もツメ甘いよね
こいつも潜入捜査官! そしてこいつも潜入捜査官! と同じ穴のムジナが次々と判明していくところは新しくておもしろかったんですが、東鞘会、部外者に入り込まれすぎじゃない? あまりにもガバガバ。 十朱は異例の人事で組長に抜擢され、兼高はたった一年で組長秘書にまで上り詰める。確かに兼高が組長秘書に任命されるところは正直ちょっとテンション上がったよ。でもうまく行きすぎ。例えば兼高の異常な出世の速さが気に入らなくて監視してたキャラがいてそいつに正体を見抜かれる、みたいな展開が必要。三神はちょっとそれに近いものがあったけど、お歯黒(三神の部下)が兼高の正体を知るのは兼高のうっかりによる棚からぼたもちだったからダメです。
あと、土岐の指詰めを阻止するところは十朱と兼高の根がカタギなのが出たよね。二人が年若いのもあると思うけどヤクザに染まりきれてない。ウィキペディアによると、「暴力団員にとっては指詰めはされた側が必ず許さなければならないほど重い行為」「このような指詰めは罰として強要されるものとは限らず、掟を破った者が指詰めよりも重い罰から逃れることを期待して、反省の意思を示すために自発的に行う場合もある」とのことなので、土岐の行動はまさにこれだね。十朱と兼高からしたら、もう済んだ話なのに部下に「いやこれはケジメなんで!」っつって指詰めされるなんてマジ勘弁って感覚なんだろう。令和のニューヤクザスタイルと言えなくもないが、うん、やっぱダメだな。
③そもそも設定のツメが甘いのかもしれない
エミリの肝の据わった凜とした佇まい、とてもクールでかっこよかった。松岡茉優ちゃんは本当にすばらしいね。でも象牙ビジネスをやめさせたいという思いだけでヤクザの女になれるものでしょうか? 兼高が潜入捜査官と知らずに恋仲になってたようですが、象牙ビジネスで繁栄する東鞘会が憎いのであればそこにいる人間のことも憎いと思うのですがどうでしょうか? そして東鞘会を潰しても世界中の象牙ビジネスが終わるわけではないと思うけどそれはいいのでしょうか?
典子さん(大竹しのぶ)の殺しは絶対すぐにバレるけど大丈夫? あの状況では犯人は典子さんしかありえないもん。典子さん、地の果てまで追われて始末されない? 東鞘会は壊滅したからセーフ?
室岡が「射精できない。弾がない」と言ってましたが、それは一体どういうこと? 無精子症は精液内に精子がないことを言う(つまり射精はできる)のだし、弾がないことと射精できないことには因果関係がないと思うのだが? 本編中もずっと気になって仕方なかったので調べたけどやっぱりよくわかんない。ていうか室岡に設定盛りすぎじゃない? 満腹中枢が壊れただけじゃなくて、それも親からの虐待のせいなの? それとも先天的なものなの? 原作にはそのあたりの詳細は載ってるの? 矛盾を見つけると解決するまで納得できないたちなので誰か教えてください。
すでに長文になっていますがディスはこれくらいにして、私が最も気になった点についてお話ししたいと思います。兼高の行動原理、手を下すか否かの判断基準についてです。
もし私の正体がバレたら兼高は私を殺すのかな? という典子さんのセリフを聞いて、兼高ってそんな血も涙もない修羅だと思われてるの? と疑問に思い考えてみました。 兼高はいつも穏やかだし、声音もやさしいし、判断が素早いからやると決めたら即行で始末するけど無意味な殺生はしないし、殺すかどうかの判断には自分の感情を交えず、常に善悪や数の論理に従う倫理的な人間だと思います。基本的な考え方が警察官。
例えば、自分と同じく東鞘会潜入中の捜査官(身バレした)を殺したのは、彼を生かしたら自分の正体もバレて東鞘会を潰すことができなくなるからに他ならない。潜入捜査官一人の命か、東鞘会に踏みにじられる無数の市井の人たちの命か、二つを天秤にかけて数の多いほう、より守るべき弱者を選んだ。
クライマックスの俺と女とどっちが大事なんだよ事件にしても、単純に二人の属性を考えた時、市井の人間であるエミリか、ヤクザで人殺しの室岡か、どちらの命を助けるべきかとなれば当然エミリでしょう。女だからとか、恋愛感情とか、そういうものは全く入ってないように見える。むしろ兼高の心情としては室岡を生かしたかったんじゃない? だから自分も死のうとしたんでしょ。待てよ、つまり雨の中で室岡を逃したのが唯一兼高が感情で動いた瞬間なのかな……。
それから、果たして室岡を殺す必要はあったのか? という疑問も生まれたのでこちらも考えました。室岡は東鞘会に追われる身だったが、東鞘会はすでに壊滅状態なのでそれだけで言えば別に室岡を始末する必要はなかった。でも室岡は東鞘会が壊滅状態になっていることを知らないし、エミリが何者なのかを全ては理解してないと思うし、自分の身の安全を考えるとエミリを生かしておくことはできないよね。つまり室岡を生かしておいたら室岡はエミリを殺す。ていうかそれ以前に兼高は私のものってエミリにマウント取られてパチ切れちゃってるから、大好きな兼高の兄貴がエミリを選んだら二人まとめて殺しそう。
十朱と兼高のバトルはなんかあっけなかった気がするし、兼高とエミリを恋仲にする必要もなかったと思う。腑に落ちないところはいろいろあるんだけど、セリフがこもってたり早口だったりして聞き取れなかったところが多いので、もう一回字幕付きとかで見たいのよね。それらが聞き取れれば少しは疑問が解消されるのかもしれない。正直、雨の中の室岡のセリフがずっと何言ってるかわかんなくて音声トラブルか? と思った。
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